ビジネス



どーも、ペスです。

えー、まず気付いていないことは有り得ないと思いますが、
一応書いときます。

先週辺りから【単語帳】なるものを作りました。

内容は見てもられば分かる通り、このブログに登場する
単語の説明および、それに付随した書籍などの説明が
書かれています。

今はまだ4つしかアップしてませんが、気が向いたら
適当に増やしていく予定なので、まあ何かの参考にでも
してもらえたらな、と。

特に書籍の説明に関しては、書籍名で検索してもられば
分かりますが、巷ではあまりレビューされていないような
難解で(レアで)重要な本を紹介しているつもりなので、
できれば読み流さないで欲しいというのが個人的な願いです。

というか、むしろ「読めよ、この野郎!」みたいな(笑)

実際、その辺の下らないビジネス書100冊読むより
ハンナ・アレントとかニーチェの著作1冊読む方が
よっぽど役に立ちますからね。

読めるかどうかは保証しませんけど(笑)

フォーカスリーディングで有名な寺田昌嗣さんはブログで


 分厚い本、古典的名著を読むことに苦痛を感じるとしたら、
 それはカナリヤバイ状態だと思って間違いありません。
 
 どれくらいヤバイか?
 
 ちょっとした計算でも、電卓をたたかないと答えを出せない
 というぐらいヤバイ!
 
 つまり、頭が「複雑な思考力」や「文脈を読み解き、
 整理する理解力」「場面、奥行き、展開を想像するイメージ力」が
 衰えている可能性があるっていうことなんです。
  
 これは、ヤバイ。
 
 人の表面的な言葉や、誰もが知っている言葉にしか
 反応できない体質になっていきつつある可能性がありますよ。

(http://www.sr20.jp/yomoyama/try-heavybooks.htmlより引用)


なんてことを言ってます。

彼がどれぐらい信用に値する人なのかは僕には未知数ですが、
少なくとも僕が単独で叫ぶよりかは説得力あるかな、と(笑)

そんなワケなので、たかが単語帳だからって邪険に扱うのではなく、
ちゃんと意味があって書いてるというのを分かってもらえれば
嬉しいです。

んじゃ本題へ入っていきましょう。



今回からそろそろビジネスの話に少しずつ触れていこうかと
思っています。

今までの小難しい相対主義の話がどうやってビジネスに
絡んでくるのか。

その禁断の謎がやっと紐解かれるワケです(笑)

その第一回目として今回は

【ビジネスにおけるヒーローの意義】

みたいなのを話していければなー、と思ってます。

久々に出ましたねー、「ヒーロー」

忘れてたらリンクをクリックして思い出して下さい(笑)


一応簡単に振り返っておくと、ヒーローというのは、一言で言えば、
迷える人を導いてくれるリーダー的存在のことでしたね。

相対主義では人々は不安を抱え、自分の歩く道さえ分からず
路頭に迷っている。

言い換えれば、自分で自分の目標を定めたり、目的を持って
行動したりすることが出来なくなっている。

だから人々は信用・信頼でき、自らを導いてくれる
理性的権威ある人、つまりヒーローを求めているのである。

今までのいろんな話を要約すると、こんな感じです。

じゃあこれをビジネスに当てはめるとどうなるのか。


ちょこちょこ話していますが、今の時代はビジネス的にも
混沌とした時代(時期)です。

有り得ないぐらいモノが売れない。

有り得ないぐらい生徒が来ない。

有り得ないぐらい新卒採用枠が少ない。

今まである程度「常識」と思われていたものが
通用しなくなってしまっている。

今までだったら「取り敢えず就職して・・・」みたいな
話が出来たワケですが、今はその「取り敢えず」という
前提さえ成り立たない。

要は、みんな「どうすればいいのか分からない」ワケです。



人は不安を不安のまま放っておくことが出来ません。

これは心理学的にも証明されていることで、
人は心が不安(不安定)だと、それをなんとか
ニュートラルな状態に戻そうとするんですね。

生物学的にはホメオスタシス(恒常性)とか
呼ばれたりもします。

現実逃避っていうのも、その手段の1つです。

現実を見ないようにすることによって、
今持っている不安を一時的に忘れてしまう。

「今のままじゃ売り上げが落ちて社員の給料も
 払えなくなってしまう。なんとかしなきゃ・・・」

「でもまだそれなりに商品も売れてるし、放っておいても
 景気は回復するだろうから、まあ大丈夫だろう・・・」

みたいな。

そうやって現実の不安を直視しないことによって
人は「一時的に」心を安定させるワケです。

ただ当たり前ですが、現実逃避では現実を変えることは出来ません。

言い換えれば、もっている不安を無くすことは出来ない。

本当の意味で不安を解消するには、やはり辛くても
現実(不安)と向かい合うしかないのです。

でも今の時代を生きる人々は不安と向き合うことはできても、
その不安を乗り越える方法が分からないんですね。

「どうしたらいいんだろ・・・」

って、ひたすら苦悩し続けている状態。

だからこそ「こうやれば大丈夫ですよ」と言ってくれる存在
つまりビジネスにおいても【ヒーロー】がより重要になって
きているのです。


少し前に週刊ダイヤモンドか何かの経済雑誌で
神田昌典さんが

「これからは【教える】ビジネスが流行る」

みたいな発言をしてましたが、それはやっぱり
流石というか、的を得ていると思うんですね。

混沌、混迷とした時代には、われわれは学ぶしかないんだから。

デカルトが西洋中の本を読み漁ったように、
明治時代の偉人(夏目漱石や福沢諭吉ら)が
驚くほど勤勉だったように、
不安というのは人々を勉強に掻き立てるワケです。

僕がこのブログの理念に挙げている

「みんなが勉強好きになれば世界は楽しくなる」

というのにも、そーゆー意味が込められています。

福沢諭吉も

【学びて富み、富みて学ぶ】

って言ってますからね。

まあ福沢諭吉の話は別にいいんですけど、
要は、学びたい人が増えている今は
教える人が儲かるんじゃない?ということです。

ただ、自分の知りたいことを教えてくれる人なら
人は誰にでも金を払うのか、と言えばそれは
間違いなくノーですよね。

学校の先生を思い出してみて下さい。

みんな数学や国語や古典や世界史や英語の授業で
何かしら教えてくれます。

でもだからと言って、学校の先生全員に対して
「是非勉強を教えて欲しい!」と思うかというと
多分そんなことはないと思うんですね。

むしろ、教え方の下手な先生、ムカツク先生、
気持ち悪い先生が圧倒的多数を占めている、
というのが本音だと思います(笑)

じゃあそんな先生に対して教えを請いたいなんて
思うのか?ってことです。


ヒーローは理性的権威の塊である。


いつかこんなことを書いたような気がします。

理性的権威というのは、その人に対して「何かしてあげたい」
と思わせる権威(というか雰囲気みたいなもの)のことですが、
ヒーローはそれを備えた存在じゃないといけないワケですよね。

それプラスみんなを導いていくパワー、それは知識であったり
能力であったりセンスであったり色々あると思いますが、
そういったモノも持っていないとヒーローにはなれない。

ってことは、ビジネスにおいても「ただ教えるだけの人」は
ヒーローにはなり得ないワケで、それはつまり「儲からない」
ってことを意味するワケです。

信用や信頼なしで儲けるなんてことは
悪いことをしない限り不可能ですから。



さてさて。

ホントは今回の話はもっと短くなる予定だったんですが、
思いのほか長くなってしまいました。

まあ長いのはいつものことですから
もはや気にもならないことでしょう(笑)

ってか意味は分かってもらえました?

要は、

【今の時代はヒーローになれば、それだけで儲かるよ】

みたいなことが言いたかったんです。

これだけ読まれてしまうと微妙にいやらしい奴に
見られてしまいそうですが、そーゆーことなんだから
仕方がない。

ヒーローになるのは簡単じゃない、いや、簡単じゃないどころか
その道は茨の道です。

でもヒーローに向かう過程っていうのは、
自分の成長の過程ですから、本来は楽しいものだと
思うんですよね。

分からないことが分かるようなったり、
出来なかったことが出来るようなったり、
毎日がその積み重ねですから。

まあとにかく

「一緒にヒーロー目指してみません?」

みたいなことですよ(笑)

絶対楽しいと思うんだけどなー。

ではでは。

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哲学



どーも、ペスです。

今回はちょっと変な方向に話を進めてみます。

タイトルを読んでもらえればお分かりのように
今までと雰囲気が違いますよね?

スピリチュアルっぽいというか、なんというか・・・。

一般に女性に好かれそうなタイトル(笑)

一見するとそんな感じなんですが、僕の書く文章が
そんなものになるはずもなく(笑)メインの内容は
社会心理学的な話になります。

残念(笑)

僕も決してあっち系が嫌いなワケじゃないんですけどねー。

スピリチュアルとかオカルトとか錬金術とかって
深く勉強すると実は結構面白いんで。

ただ、現段階ではまだ触れられない、というのが
僕の立場です。

なので、そのうちそーゆー話も出てくるかもしれません。



さてさて。

今回の話はジョージ・ハーバード・ミードって人の
【I】と【Me】という概念がメインになります。

ってかそれしか書きません(笑)

【I】と【Me】については後で詳しく説明しますが、
要は「自分って何なの?」みたいな話です。


現在、【やりたいことが分からない】という悩みと
ほぼ同じぐらい多くの人が悩んでいることに

【自分が何なのかが分からない】

というのがあります。

「自分探しの旅」や「自分探し病」などの言葉に
代表されるように、みんな何かしら自分というモノを
見つけようとしている。

これにも相対主義が影響しているのはもはや言うまでも
ありませんが、そんなことを知っている人は
迷わないワケで、知らないからみんな右往左往して
しまっているワケです。

今から紹介するミードが相対主義に対する問題意識を
持っていたかどうかは僕が不勉強なせいで分かりません。

でも、彼の思想は僕に相対主義「解明」の大きなヒントを
与えてくれました。

(あくまでも「解明」であって「解決」ではない)

彼が提唱した概念で有名なのは、上に書きましたが
【I】と【Me】という概念です。

【I】とは個人的自己のことを指します。

これは何ていうか「これが自分だ!」みたいな
自分像みたいなものです。

アイデンティティと言えば伝わるかな。

【Me】とは社会的自己、つまり自我のこと。

これは周りから見た自分、もしくは、周りに
見せている自分がそれです。

客観的自己と言い換えてもいいかもしれません。


通常、この個人的自己と社会的自己は個別に存在すると
考えられています。

特に日本人は「本音と建て前」という言葉があるように、
個人的自己は内に秘め、社会的自己を外に出す、
というのが通例、というか文化です。

つまり【I】と【Me】は完全な別物として捉えられている。

しかしミードが言ったのは、これとは発想が違うんですね。

彼が【I】と【Me】の概念の中で言っているのは

【Me】から【I】が形成され、その【I】がまた【Me】に
反映される、という循環の繰り返しで【私】は作られて
いるんだ

と。

より簡単に言えば、

【見られる自分】がいなければ【見る自分】は存在しないし、
【見る自分】と【見られる自分】は相互に影響を与えながら
【私】を作り出している

ということです。

全然簡単になってなかったらごめんなさい(苦笑)


ところで。

「人間は一人じゃ生きていけない」

なんてことが巷ではよくささやかれたりしていますが、
これの意味って分かります?

あ、いや、これは別にバカにしてるんじゃなくって
純粋に聞いてます。

これって、よく言われるのは
「必ず誰かの作った道具を使ってるから」とか
「完全な自給自足は不可能だから」みたいな
物理的な問題だけですよね。

確かにその答えも間違いじゃないと思うんですが、
今回のミードの考え方を踏まえれば、それが本質的な
答えではないことがよく分かると思います。

人間が一人で生きていけないのは

「何かしらの物理的な問題が生じるから」

ではありません。

【アナタ】がいなければ、そもそも【私】が
存在し得ないからなのです。

つまり

【私(個人的自己)】には【アナタ】が必要

なのです。


【人間】って本当によく出来た言葉だなー、と
僕は最近になってようやく気が付いたんですけど、
なんで【人間】は「人」の「間」って書くんだと
思います?

【人の間】ってことは、最低でも2人以上の「人」が
必要だってことなんですよ。

つまり、「アナタ」と「私」が必要なんです、
【人間】であるためには。

しかも【間】ってことは、そこには関係性がないといけない。

それは親子かもしれないし親戚かもしれないし
師弟かもしれないし友人関係かもしれない。

とにかく何でもいいから2人以上の人が存在し、
そこに何かしらの関係性が存在しないと
人は【人間】でいられない、ってことなんです。

仮にその場に2人の人がいたとしても、その2人の関係が
完全な他人であれば【間】に何も存在しません。

だって「他人」っていうのは関係じゃないですからね。

自分とは何の関係もない人を「他人」って呼ぶワケですから
そこに何か関係があればこの言葉自体が矛盾してしまいます。

要は、【アナタ】は他人ではダメだ、ってことです。

少なくとも「道を聞いてきた人」とか「ハンカチを
拾ってくれた人」とかそーゆー関係がないと
【アナタ】にはなり得ないのです。

ここまで話せば、なんとなく

【アナタ】がいるから【私】がいる

っていうのは分かってもらえました?


そこで。

この話を発展させるために、また相対主義の話を
思い出してみましょう。

もう聞き飽きたと思いますが、相対主義は他者に無関心な人を
生み出し、「アナタはアナタ、私は私」という価値観を
われわれに植え付けました。

そこから導き出されるのは、他者との関係を失った孤独な【私】。

誰からも邪魔されず自由である反面、誰からも関心(関係)を
持ってもらえない孤独な存在が現代の【私】です。

ってことは、現代の【私】は段々と【見られる自分】を
作る機会が減ってきているワケですよ。

だって関心(関係)のない相手に対して「見られること」を
意識する必要はないですからね。

職場ではテキトーな服装だけど恋人に会うときは
特別な服を着る、なんていうのはその典型。

同様に、電車の中で化粧ができちゃうのも「周りから見られる」
という周りへの関心(関係)を失ってしまっているからです。

そこには【見られる自分(Me)】が存在しない。

つまり、電車の中で化粧をしている【私】は
誰でもない【私】なのです。

(それは【人間】ではなく【人】なのです)

伝わったかなー・・・(苦笑)


これが分かれば、なぜ自分を探す人が増えているのか、
という疑問も簡単に理解することが出来ます。

一言で言えば、それは

みんながみんなに関心(関係)を持たなくなったから

です。

より大きく言うと、相対主義という悪魔によって
われわれの関係性が希薄になってしまったから。

【人間】が【人】になろうとしているからなのです。


【アナタ】がいるから【私】がいる


何度も書いてますが、今回の話はホントにこれだけです。

自分という存在は他者との関係によって保証されている。

これは今の時代の重要なキーワードなので
忘れないで欲しいと思います。

ではでは。

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単語帳




ホセ・オルテガ・イ・ガセット

スペインの哲学者です。

著書【大衆の反逆】が有名で、ミクシィのオルテガコミュニティでも
議論の的になっています。

【大衆の反逆】はこの手の本にしては非常に読みやすいので
是非とも読んで欲しいんですが、読みやすいという理由を
除いても、相対主義に言及しているという点で非常に
興味深い著書です。

言及している、というか、むしろそれしか書いてない。

僕のブログを楽しく読めているアナタなら
楽しめると思いますし、尚且つ安いので(笑)
本屋で見かけたら是非買って読んでみて下さいな。


ちなみに、どーでもいい話なんですが、ガダマーの自伝に
3行だけオルテガが出てきます(笑)

よかったらそっちも併せてどうぞ。


【参考ページ】

「われわれ」は一体何者なのか

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