ビジネス



ども、ペスです。

先日、Kickstarterというサイトを見つけました。

このサイトは一言で言えば、個人や企業から投資を募り、
そのお金で業績を作ってそこから生まれた利益の一部を
還元する、という場を提供するものなのですが、
日本ではこういった活動が比較的ネガティブに捉えられる
傾向があります。

例えばKickstarterではバンド活動やダンスイベント、
個人作品の展示会のための投資を募っている人が
たくさんいます。

ライブツアーをやりたいんだけど、お金がないので
できません、だから私達に投資してくれませんか?と。

そういうことを彼らは言っているワケですが、これは
日本人の感覚からするとなかなか受け入れ難い要求では
ないでしょうか。

日本人であるわれわれは普通の感覚としてどうしても、
自分がやりたいことを通すために他人をあてにするのは
間違っていると考えがちです。

日本の家庭では小さい頃から

「他人に迷惑をかけるな」

という教育を受けます。

そのため自分のやりたいことがあっても、周りの目を
気にしてできない、といったことが度々起こるワケです。

もちろんだからといって「他人に迷惑をかけるな」という
教育が間違いだということではありません。

それはそれで確かに正しいのですが、どこか日本人は
その保守的な教育のせいで

「他人の世話になってでも、世界に貢献する」

という感覚が欠けているように思うのです。


そもそも、われわれは原理的に言って誰にも迷惑をかけずに
生きていくことは不可能です。

われわれ一人一人が社会の成員である以上、自分が何かを
為すことによって、社会には少なからず何かしらの影響が
出ます。

それが仮に良かれと思ってやったことだとしても、
自分の知らない世界では悪影響として現れているかも
しれないのです。

また本来ならあなたが生み出せたはずの価値が
生み出されなかったことによる世界の損失は、あなたが
アルバイトで得る利益よりよっぽど高いはずです。

日本人的に見れば、アルバイトをしながら生計を立てて
細々と自分のやりたいことをやる、というのが最も好ましく
常識的に見えるでしょう。

その気持ちはよく分かりますし、実際僕もそのように考えて
しまいがちな部分はあります。

しかし、そのアルバイトをする時間でその人が生み出せた
かもしれない価値が失われていると考えたらどうでしょうか?

一日8時間アルバイトをしてその人が8000円を稼ぐのと、
その8000円を融資する代わりに100万円の価値が
生まれるかもしれない音楽をその人に生み出してもらうのと、
どっちが世界にとって好ましいことでしょうか?

あなたがどう思うかは分かりませんが、少なくとも僕は
後者だと思うのです。


「他人に迷惑をかけない」という考え方は日本人の美徳
だと思います。

それは絶対に失っていいものではありません。

ただ、他人に迷惑をかけないことによって得られる効果は

マイナスを生まないことだけ

だというのは分かっておく必要があります。

この美徳をどれだけ意識しても、そこからプラスが
生まれることはないのです。

他人に迷惑をかけないことに限らず「〜してはいけない」
という規範は何もプラスを生みません。

そこには精一杯謙虚に生きる慎ましい人間はいても、
パワフルにアグレッシブに何かを生み出そうとする
人間はいない。

先ほど僕は「何をやろうと社会に影響を与えてしまう」と
言いましたが、だったらいっそのこと開きに直ってしまう
べきではないと思うのです。

つまり、どう慎ましく生きたところで他人に迷惑がかかる
可能性が消せないのなら、その迷惑を上回るほどのプラスを
常日頃から生み出すように活動しておくべきではないか、
ということです。

これは僕個人の道徳に基づくものですから、必ずしもこれが
正しいということではありません。

ただ、こういった意識は持っておくに越したことはないのでは
ないかとは思います。



このご時世、寄付や投資だというと甘えだと捉えられるのも
仕方ないことなのかもしれません。

お金にならないようなことをやってるくせに、お金が欲しい
なんて都合が良過ぎる。

そういう意見も当然あるでしょう。

しかし、お金にならないような活動だからこそ、
お金を稼げる人が助けてあげなければならないというのも
また事実です。

芸術なんてのはまさにそうで、あんなものは余程のことが
ないかぎりはお金にはなりません。

そもそも売るために作られたものじゃないんですから。

音楽もダンスも絵画も映画も、すべては単なる世界への
メッセージであって、それがお金になるかどうかは二の次
なのです。

そのことをわれわれはまず理解すべきだと思います。

世間的には

「だったらそんな金にならないことは早くやめろ」

ということになるワケですが、本当にそれは正しいこと
なのでしょうか?

お金にならないことは価値のないことなのでしょうか?

それはさすがに違うと思いませんか?

その活動の価値というのは必ずしも金銭的価値で計れる
ようなものではありません。

それが文化的活動ともなれば、お金に関係なく守っていく
必要があります。

なぜなら、それはわれわれのアイデンティティーに関わる
問題だからです。

日本人を日本人たらしめている文脈を文化的活動は
担っているのです。

もしそれが失われたとしたら、われわれは日本人という
レッテルを貼られただけの単なる「人」になってしまいます。

それはもはや日本人とは言えませんし、日本を語る資格すら
われわれは失うことになるでしょう。

だからこそ守らないければならないのです。


今1つ、そういった文化が危機に立たされています。

僕の数少ない友人の一人である川田祐子さんがそれです。

彼女は東京国立近代美術館に作品が所蔵されるほどの
実力を持ちながらも、資金難のためにここ最近は自身の
活動に力を注ぐことができていません。

それでも彼女はギリギリのところで活動を続けており、
2年後に開催予定の日本を代表する女性作家5人を集めた
損保ジャパンの展示会に向けて新作を作り続けています。

そういった日本を代表する女性作家に選ばれるような
彼女ですら、日本ではなかなか理解が得られないのが
現状なのです。

もちろん理想としては自分の作品が売れることによって
生活が成り立つというスタイルが好ましいのは言うまでも
ありません。

それは音楽家でもダンサーでもそうでしょう。

けれども、それはあくまで理想であって現実はそうは
上手くいきません。

彼女ほどの実力があってもこの状況なのですから、
他のアーティストがどのような状況なのかは想像に
難くないと思います。

それこそまさに先ほど話したようにアルバイトをしながら
活動を続けるのがやっと、という感じです。

しかも悪いことに日本ではそれが「正しいこと」のように
見えてしまう。

ここに日本の文化的停滞の大きな原因があるのではないと
思います。


僕が調べたかぎり、文化庁はじめ、各種文化支援財団は
基本的に個人の活動そのものは助けてくれません。

それらが支援してくれるのは、あくまでも展示会や
ワークショップ、演奏会などのイベントだけであって、
普段の活動費に関してはどこも支援してくれないのです。

しかし、普段の活動ができなければ、そもそも展示会に
出す作品は作れないし、演奏の練習もできないのですから
話がおかしくなってきます。

それらの支援財団も結局は「アルバイトありき」で考えるから
こういう支援の仕方になってしまうのでしょう。



最初にKickstarterの話をしましたが、あのサイトは
こういった日本人の発想からはまず生まれないものです。

ましてあのようなサイトをBBCやCNNなどのビッグスポンサーが
支援するなどよほど日本ではありえません。

けれども、あれが世界のスタンダードなのです。

何であれ、良いと思ったものは応援する。

ただそれだけのことがカタチになったに過ぎません。

見てもらえれば分かりますが、かなりの確率で、かなりの人が
Kickstarterでの活動資金獲得に成功しています。

最近ではpebbleというスマートフォン用のインターフェース
開発資金を募集して日本円で約8億円ほどの投資が集まって
いました。

日本でこれだけの資金を集めようと思ったらどれだけ
時間と労力がかかるでしょうね。

下手したら、それだけで1,2年無駄にしてしまうかも
しれません。

ですが、そんなことをしている間にアイデアはパクられ、
陳腐化し、使えないものになってしまうのです。


われわれは自分の知らないところで日本の可能性を
これでもかと言うほど潰しているのではないか。

もし少しでもこの記事に共感していただけたなら、
そういったことを日ごろから考えていただきたいと
思います。


ではでは。


追伸:川田祐子さんについて。

彼女の現状について詳しくはこちらのブログをご参照下さい。

川田さんの作品集動画はこちらから見れます。





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メルマガ

ども、ペスです。

ひさびさのメルマガ記事公開です。

この回は一風変わった内容、というか書き方になっています。

実はこの手の物語風の記事は今までも何度かメルマガで
配信しているのですが、1つぐらいブログでも公開しておこう、
ということでアップすることに決めました。

文章自体は全然上手くないし、禅について色々誤解を招く
表現も含まれているのですが、とりあえず細かいことは
気にせず読んでもらえればと思います。

今のところ続編も書こうと思っているので、もし先が気になったら
ブログ内のどこかにあるメルマガ登録フォームから登録して
おいて下さいませ(笑)


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非禅の中の禅

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ここは人里離れた山奥にある禅寺「楽々寺」。

この寺では現在、2人の小僧「珍念(ちんねん)」と
「朴念(ぼくねん)」、そして師範の老師が毎日修行に励んでいる。

この寺は名前とは裏腹に、大変厳しい寺として有名で、まず常人では
寺に入れてもらうことはおろか、ここにたどり着くことすらできない。

仮にたどり着けたとしても、今度は寺に入れてもらうための試練が
そこに待ち受けている。

閉ざされた寺の門の前には「この門に触れるべからず」と書かれた
貼り紙がしてあるだけで、他には何の指示もない。

試しに門の前で「たのもう!」と声を張り上げてみても、中からの
反応はなく、むなしく自分の声が響くのみである。

みんな3日程度は我慢してそれを続けるが、一週間もすると、
どうせ門をあける気はないのだろうと諦めて帰ってしまう。

これが楽々寺がどこよりも厳しいと言われている所以であった。

現在この寺で修行中の小僧2人も最初は同じ試練を受けた。

しかし驚くべきことに、彼らは諦めなかったのである。


小僧の1人である珍念は寺についた初日、他の者と同じように
「たのもう!」と声を張り上げた。

けれども噂通り、やはり中からは何の反応もない。

3時間ほど叫び続けたが何の反応もないので、すこし落ち着いて
考えてみることにした。

とりあえず門の前に座り、座禅っぽい格好をしてみる。

目をつむり、背筋を伸ばし、すーっと深呼吸をする。

が、気付いたら寝ていた。

次の日。

珍念は丸1日ほど考えた末、ある結論を出した。

俺は頭が悪いから、深く考えてもきっと答えは出ない。

かといって俺には帰る家もない。

どのみち俺は浮浪人だ。

だったら門が開くまで適当にこの辺で暮らそう。


珍念には物心がついたときから両親がいなかった。

彼を育ててくれたのは彼の祖母だったが、その祖母も彼が
10歳の頃に病気をわずらって亡くなってしまった。

そこから彼は自分一人の力で生きてきたのである。

そのためか、彼は人一倍生命力が強く、どんなところでも物応じ
しなかった。

ときには橋の下で乞食同然の生活もしたし、山中で野宿もしたが、
それはもはや彼にとって日常だったのだ。

また彼は大変性格が明るく前向きだったので、どんなときも
その場を楽しむことができた。

このときも木に登ったり、野イチゴや山菜食べたりしながら、
彼なりに楽しく過ごしていたのであった。


彼が寺について20日ほど経ったとき、寺の門が開いた。

そこから1人の小僧と老師が出てきた。

この小僧こそが現在修行中のもう1人「朴念」である。


朴念は珍念よりも3ヶ月ほど早く寺に入った。

ただ、彼の場合は珍念とは事情が違い、より深刻なものを
背負っていた。

彼はある武家の出身で、両親の名前を出せば誰もがひざまづく
ほどの身分だったのだが、幼いころからそのことに疑問を感じて
生きてきた。

なぜ武家の者というだけで、みんな僕のような子供に頭を
下げるのだろうか。

お世話になっているのは僕らの方なのに、どうしてこちらから
年貢を強要するのだろうか。

そんなことを考えているうちに彼はその不条理さに耐えられ
なくなってしまう。

身分なんて無くなってしまえばいいのに。

そう考えた彼はある日、自らの身分を捨てることを決意した。

そして半年ほど前に、彼は両親に黙って家を出てきたのである。


彼は寺の門まで命からがらたどり着いたのち、その前で20日間、
必死に待った。

持ってきていた食糧も途中で底をつき、最後の3日は近くの川の
水だけを飲んですごした。

だんだん意識が朦朧としてくる中、やっと門が開いた。

待ちに待った念願のときである。

しかし、老師が門を開いたときには彼はかなり痩せ細り、
状態もよくなかった。

幸い、病気にはかかっていなかったが、それでもしばらくの休養は
必要だと判断した老師は、とりあえず彼の回復を待つことにした。

月日は流れ、それから3ヶ月。

やっと朴念が普通に歩けるようになったその日に、珍念が現れた
のである。


老師は直接口には出さなかったが、彼が小僧2人を寺に入れた
理由は同じだった。

事情はどうであれ、彼らの退路は断たれていた。

それだけである。

彼らは約20日間、寺の前で過ごすことによって、それを体現
したのだ。

大半の者は「帰る」という選択肢がある故に、どれだけ長くても
一週間程度で諦めて帰ってしまう。

言い換えれば彼らは「諦めることができた」ということである。

しかし珍念と朴念には、その選択肢が無かった。

それを見極めるために老師はこのような試練を設けていたのだ。

「禅をやめる」という選択肢を残したまま禅を極めることは
できない。

この選択肢こそが雑念の根源であることを老師は理解していた。

禅にとっては己の内面こそがすべての障壁なのである。

この最も厳しい最初の試練を彼らは突破した。

こうして小僧2人の修行が始まるのだった。



楽々寺では毎日同じ時間に同じことが行われる。

朝は日が昇る前に起き、座禅を組む。

それが終わったら朝食を食べ、そのあとに境内の掃除、
そしてまた座禅を組んで、昼食をとる。

昼食後は畑を耕し、夕食をとったあとにも座禅を組み、
風呂に入って寝る。

この繰り返しである。

最初は寺に入れただけで舞い上がっていた2人だが、1ヶ月も
経つとこの生活に疑問を感じるようになってきていた。


「なあ朴念、俺たち毎日ずっと同じことやってるけど、
この後ってどうなんのかな?」

「僕に聞かれても知らないよぉ」

「俺ずっとこのままなんて耐えられねーよ」

「まあ僕も気持ちは珍念と同じだけど・・・」

「だったらさ、今度老師様に聞いてみねーか?」

「なにを?」

「だからこの先どうなんのかってことをだよ」

「いやー、それはやめた方がいいと思うなー」

「なんで?」

「だって老師様ってほとんど喋らないじゃない」

「だから何だよ」

「だからあんまり喋ることが好きじゃないんじゃないかと
思って」

「それって考え過ぎじゃねーの?」

「そもそも俺たちがほとんど喋りかけないから喋らないだけで、
もしかしたら案外ペラペラ喋ってくれるかもしれないぜ?」

「そうかなぁ・・・」

「絶対そうだって!」

「とりあえず俺が聞いてやるから、朴念はうしろで見てろよ」

「う、うん」


次の日の朝食後、珍念が老師に話しかける。


「あのー、老師様」

珍念が後ろから話しかけるも、老師は振り向きもせず自分の
食器を運んでいく。

「老師様っ!」

珍念は再度大声で呼びかけたが、それでも老師は振り
向かない。

「老師様ってば!」

「喝っ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

・・・。

老師の喝という声が境内に響きわたった。

そしてその後に老師は一言

「お前たちはまだ何を聞くにも早過ぎる」

とだけ言って去っていった。

珍念はさっきの老師の喝で腰が抜けて立てなくなっている。

「ちょ、ちょっと朴念、見てないで肩貸してくれよ」

「あ、あぁ、ごめん」

後ろで見ていた朴念が肩を貸して、珍念が立ちあがる。

「はぁー、びっくりしたー」

「なんなんだよ、あれ」

「僕も分かんないけど、とりあえず老師様が言った
そのままの意味なんじゃないかな」

「まだ質問すらダメってこと?」

「うん、そういうことだと思う」

「なんでだよ」

「分からない」

「ちぇっ、ちゃんと説明しろっつうの」


そう話し終えると、2人はいつも通り境内の掃除を始めた。

板の間の雑巾がけ、仏像の埃取り、畳のから拭き。

すべていつもと変わらない。

掃除が終わって、また座禅が始まる。

珍念は座禅を組みながら考えていた。

どうして老師様は俺たちに何も教えてくれないんだろうか。

そもそも俺がこの寺に来たのは、身分が低くてずっとバカに
され続けてきた俺が高尚な地位につくには、禅寺で
修行するのが一番まともな道だと思ったからだ。

俺にはみかえしたい奴が山ほどいる。

正直、禅や悟りになんてちっとも興味はなかったが、
俺みたいな人間が侍になって大成するよりかは、
よっぽどこっちの方が現実的だった。

散々町で情報を集めてようやくこの寺のことを知り、
それだけ凄い禅寺なら、さぞかし有り難い話もたくさん聞けて、
難しいことも学べるのだろうと思っていた。

けど、いざ入ってみると、有り難い話どころか世間話すら
してくれない。

毎日毎日、座禅と掃除と畑仕事。

こんなことを続けて何になるんだろうか。

と、突然珍念の右肩に激痛が走った。

「喝っーーーーーーー!!!!!」

「った(痛っ)!!」

「雑念を捨てなさい」

「今真剣に今後のことを考え」

「喝っ!!!」

「ったた」

「それが雑念だと言っておる」

「無になりなさい」

「一切の思考を消し、感ずるままに身を委ねなさい」

「は、はい・・・」

珍念は老師の言ったことの意味は分からなかったが、
また肩を叩かれるのが嫌だったので、とにかくその場は
老師の言うことに従うことにした。


一方、朴念は珍念とは別のことを考えていた。


今頃父上や母上は僕のことを探し回っているのでは
ないだろうか。

あんなに大事に育ててもらったのに、いきなり家を
飛び出したりして本当に申し訳ないことをしてしまった。

弟の彦丸にも僕の分まで家の負担を背負わせることに
なった。

もはや子や兄としては、家族にあわせる顔がない。

でも、これでよかったんだ。

どうせあのまま僕が家にいたって、ろくな武士になれないのは
分かっていた。

彦丸の方がよほど立派な武士になってくれるだろう。

どうかわがままな僕をお許し下さい。

「喝っーーーー!!!!!!」

「った」

朴念も右肩を押さえている。

「2人とも雑念が多い」

「もう1度廊下を掃除して、出直してきなさい」

そう言うと老師は座禅を中止し、別の部屋へ行ってしまった。

老師が部屋を出ていくと2人は掃除の準備をしながら互いに
小さな声で話しかけた。

「ったく、雑念って何なんだよ」

「でも確かに雑念はあったかも」

「ふざけたことを考えていたならともかく、俺は今後のことを
真剣に考えてただけなのに、それもダメなのか?」

「僕もいけないことは考えていなかったけど、無駄なことは
考えていたかもしれない」

「自分の今後を考えることが、なんで無駄なんだよ」

「いや、僕は珍念のことを言ってるんじゃなくて自分のことを
思い返してるだけだよ」

「俺には老師様がどうしたいのかが全然分からない」

「僕も分からない・・・けど、なんとなく言わんとしていることは
見えてきた気がするんだ」

「言ってみろよ」

「老師様が言葉で何も語らないのは、多分僕らに言葉では
伝わらないことを伝えようとしてるからなんだと思う」

「言葉では伝わらないことって何だよ」

「それが分かったら苦労しないよ」

「それが分んないなら何も分かってないのと同じじゃねーか」

「うーん、そうなのかなぁ・・・」

「ま、ともかく、まずはさっさと掃除終わらせようぜ」

「そうしないと昼飯抜きになるかもしれねーぞ」

「そんなぁ」


2人が掃除を終えると再び老師が部屋に入ってきた。

そういえば、なんで老師様は掃除の終わる時間が分かるんだろ。

朴念はふとそんなことを思ったが、あまり考え過ぎるとまた喝を
入れられてしまうので、今度はできるだけ何も考えないように
座禅の続きを済ませた。

今日は月に1回の買い出し日だということで、昼食が終わると
小僧2人で町へ買い物に行くように老師から告げられた。

2人がここへきて初めての外出である。

町は楽々寺からかなり離れたところにあるので、急いで
行かないと今日中に帰ってこられなくなってしまう。

また、暗くなってからでは道のないこの山で寺を見つけることは
不可能と言っていい。

つまり2人は大急ぎで支度をしなければならなかった。


寺の門を出ると、珍念を先頭に2人は道なき道を駆け抜ける。

ときどき草に引っ掛かってこけたり、木の枝が頭に
当たったりして散々な目にあったが、なんとか2人は町に
着くことができた。

いつもの修行の方が何倍も楽だ。

それが2人の共通の感想だった。

しかし彼らに息つく暇は無い。

急いで買い物を済ませなければ寺に戻れなくなってしまうため、
彼らは一心不乱に町中の商店を駆け回った。

すべての品を買い終え、これまた行き以上のスピードで彼らは
楽々寺に帰ってきた。

なんとか日暮れには間に合ったものの、2人はもはや
歩くことすらままならない状態である。

そこへ老師がやってきた。

めずらしく労いの言葉でもかけるのかと思いきや、彼は

「無心とは、そういうことじゃ」

とだけ言って通り過ぎていってしまった。

このときの2人にはこのことを考える余裕すらなかったが、
彼らにも老師の言っていることがなんとなく「感じられる」ように
なってきていたのだった。



それから1年後。

珍念はそこにはいなかった。

残ったのは朴念のみで、珍念はあの買い出しから
半年後ぐらいに黙って寺を去ってしまった。

彼が出ていった理由は朴念にも分からない。

けれども老師はそのことには一切触れず、いつも通りの
修行が続けられていた。

そんなある日のこと。

「朴念、こちらへ来なさい」

突然老師が昼食後に朴念を呼び出した。

「は、はい」

老師様から個別に話しかけられたのは初めてかもしれない。

一体何事だろうかと朴念は驚きを隠せない様子だったが、
とにかく彼は老師に呼ばれた方へついていった。

ついたのは花瓶と掛け軸以外には何もない4畳半の
薄暗い部屋。

そこはいつも老師が使っている部屋だった。

部屋につくと老師は

「そこに座りなさい」

と言って、その場に腰を下ろした。

朴念も指された場所で腰を下ろす。

2人はちょうど真正面に向かい合う形で座っている。

朴念が座ってから10秒ほど待って、老師が口を開いた。

「朴念、何か私に聞きたいことはあるか?」

まさかの発言である。

1年前は話しかけただけで怒られていたというのに、
今は老師の方から質問はないかと問いかけられている。

「あ、いや、あの、その」

朴念は焦って言葉がでない。

老師はその一言を言ったきり黙っている。

「禅・・・禅とは何なのですか?」

朴念は勇気を振り絞って聞いてみた。

「老師様のもとで修行させて頂いて1年をこえましたが、
未だに僕はそのことが分かりません」

「どうか禅とは何なのかを教えて頂けないでしょうか?」

すると老師はあっさりと答えた。

「禅とは、禅であり非禅である」

しばらく沈黙が続いたのち、朴念が聞き返す。

「非禅は禅なのですか?」

老師は静かにうなずく。

「老師様、それでは話のつじつまが合いません」

「禅は禅であり非禅だと言わたら、何をやってもそれは
禅であり、ここで修行をしてもそれは非禅だということに
なってしまいます」

「だったら、なぜ僕はここで修行しなければならないのですか?」

朴念が取り乱してこう言うと、老師は目を見開いて無言の喝を
飛ばした。

朴念の体が一瞬ビクッとして固まる。

それから老師は

「畑仕事をしなさい」

と言って部屋を出て行ってしまった。

せっかくのチャンスを僕は無駄にしてしまったかもしれない。

そう後悔しつつ朴念は畑仕事を始めた。

しかしこのことが彼の感覚を変えることになる。


朴念がいつも通り畑の雑草を抜いていると、そこに4つ葉の
クローバーを見つけた。

いつも同じ場所を手入れしてるはずなのに、どうして
今になってこれが目に入ったんだろ?

この時はなぜかそんなことが気になった。

そういえば今日は土のいい匂いがする。

毎日ここに来て嗅いでるはずの匂いなのに、なんで
今日に限ってこんなに心地良く感じるんだろ?

朴念はいつもと同じ作業にいつもとは違う感覚を
感じていたが、それがなぜなのかは分からなかった。

そうこうしているうちに日は暮れ、夕食の時間になった。

夕食は白粥に(肉の無い)筑前煮、ワカメと豆腐の味噌汁、
そしてたくわんの漬物。

これもいつも通りである。

禅の教えでは、食べる時も無駄な音をたててはいけない
ことになっている。

たくわんを噛む音さえもたててはならず、常人にはかなり
ストレスに感じられることも多い。

朴念ほどにもなると、自然にこれができるようになっており、
特にストレスを感じるほどではないのだが、この日の朴念は
また別の感覚を感じていた。

たくわんの噛む音を鳴らさないというのは、なかなか細かい
神経を使う作業だ。

余程慎重にゆっくり噛まなければ、たくわんの音は自然に
なってしまう。

それは味噌汁や粥をすするときも同様である。

それ故、音を出さないためには必然的に食事中でも
すべてに対して細心の注意を払わなければならない。

これが自然にできるということは、食事中でさえも神経を
尖らせ、常に感性を働かせておくことができるということだ。

つまり、朴念はこういうことに気が付いた。

今まではただ食事中に音をたててはいけないものだと教わり、
それを守ってきたが、それは単に音をたててはいけないという
ことではなく、食事中でさえ感性を磨くための修行として
捉えなければならないということだったのだ、と。

そしてこれこそが、禅が禅であり非禅である、ということの
意味なのだ、と。

これが分かったことで朴念の顔はニヤニヤしている。

老師に睨まれると一瞬まじめな顔に戻るのだが、それでも
この日は眠りにつくまでずっと彼のニヤニヤは止まらなかった。



その翌日。

昼食が終わって畑仕事をしていると、今度は大根の葉が今までに
ないほど美しい緑に見えた。

これまで毎日のように大根を見てきたけれども、これほど
美しい緑は見たことがない。

はじめはその大根だけがたまたま美しいのだと思っていたのだが、
その目で見まわして見ると、すべての野菜が今までになく輝いて
見える。

今日は人参のしわすらも、いとおしい。

昨日は4つ葉のクローバーや土の匂いに気付き、今日は
畑すべてが美しいと思えている。

一見すると、これは畑が変わったように見えるが、畑がそんな
一瞬で変わるワケがない。

ということは、自分の見方が変わったのではないか。

朴念はそう考え始めた。

昨日の夕食のことにしてもそうだけど、食事も座禅も畑仕事も
すべてはこういった気付きを得るためにあるんじゃないだろうか。

それが「ただの食事」や「ただの畑仕事」に見えているうちは、
禅の修行は禅ではない。

禅が禅であるためには、すべてを禅として生きなければならない、
要するに、禅が禅であり非禅であるというのは、それを捉える者
によって、禅は禅になったり非禅になったりするということなんだ。

そしてこれこそが・・・悟り。

やった、やったぞ。

僕は悟りをひらいたんだ。

朴念はそう確信した。

もう修行などしている場合ではない。

こうなったらすぐにでも世間の人を救うために寺を出なければ。

朴念の決意はかたかった。



翌日の昼食後。

朴念は意を決して老師に告白した。

「昨日、悟りがひらけました」

「これからはこの悟りを世間の人に説いてまわり、一人でも
多くの人を救えるよう努力いたします」

「軟弱な僕を今まで修行して下さり、ありがとうございました」

「早速、明日の朝にここをたちたいと思います」

「もし珍念が戻ってくるようなことがあれば、朴念は悟りを
ひらいて去ったと、よろしくお伝えください」

「それでは畑仕事をしてまいります」

老師は朴念の言葉を黙って聞くのみで、何も言わなかった。


次の日の朝。

朴念は支度を整え、門の前に立つ。

「それでは、行ってまいります!」

と言ったそのとき。

目の前の草むらから、見たことのある人影が近づいてきた。

髪は長くてぼさぼさ、腕や足はむきむき、衣服はぼろぼろ。

しかし顔はまぎれもなく、あの珍念だった。

たかだか1年やそこらで、ここまで変わるものなのか。

明らかに前に見たときの何倍も逞しくなっている。

ただ朴念は、それとこれとは関係ない、といった風で久々に
会った同志にこう告げた。

「おかえり、久しぶりだね、珍念」

「君がいない間、僕はずっと老師様のもとで修業を続けて、
昨日やっと悟りがひらけたんだ」

「僕は今日からここを去って、世間の人々にこの悟りを
説いてまわる」

「君とはもう一緒に修行できないけど、またどこかで
会うことがあれば、よろしくね」

そう言ったが珍念は前をどこうとしない。

仕方なく朴念が珍念を避けて先に進もうとした瞬間、
珍念が朴念に大きな平手打ちをくらわせた。

「今なんて言った?」

「悟りがひらけたって?」

「だったらまずそれを俺に説いてみろ」

珍念の大きな声が周りの山々にこだまする。

「たたたた・・・急にぶつなんて酷いよぉ」

「いいからさっさとその悟りとやらを俺に聞かせてみろよ」

やむをえず朴念はしぶしぶ話を始めた。

「禅は禅にして禅にあらず」

「万物の尺度はすべて己であり、己の関わり方次第で
世界はいかようにも変わる」

「己の感性を研ぎ澄ませ、平凡なるものから非凡なるものを
引き出し、それを自己に返して血肉に変えていく」

「すなわち、禅を禅たらしめるものは己であり、禅とは己と
向き合うための手段で」

「はい、すとっぷー」

強制的に珍念が朴念の話を中断させる。

「お前が今言ったこと、全部間違いだから」

朴念は珍念の言っている意味がまったく分からなかった。

今のが間違い?そんなことあるワケがない。

僕は毎日修行を重ねて、やっとこの悟りを導き出したんだ。

珍念みたいにふらふら寺を抜け出すような奴に何が分かる。

そう思っていると、また珍念が口を開いた。

「お前、俺のことどう思ってる?」

「どうせ黙って寺を抜け出して遊び回ってたとでも
思ってるんだろ?」

図星だった。

珍念は話を続ける。

「俺は老師様に許可を得て、今までずっと禅を実践して
きたんだよ」

「金もない、知り合いもない状態で、ひとり経を読んで
お布施を頂き、そのお布施で食いつなぎながら、
救いを求めてくる人に禅の教えを説いてきた」

「禅が何なのかなんて全然わからなかったけど、
体に染みついた経験が、俺にすべてを語らせてくれた」

「大したことを話したワケじゃない」

「それでも、大事なのは何を話すかじゃない、ということは
今回の経験で理解できた」

「みんな有り難い言葉を聞きたいワケじゃねーんだよ」

「みんなが欲しているのは、その言葉の中にある“重み”であり、
“魂”なんだ」

「もちろん朴念が修行をさぼっていたなんて思っちゃいない」

「お前はお前で苦労したんだろ?それぐらい俺だって
分かってるさ」

「でもな、朴念」

「悟りなんてもんは幻想だし、お前が世間の誰かを救える
なんてことはもっと幻想だ」

「俺たちにできるのは、自分を変えることだけなんだよ」

「それ以外は何もできない」

「それぐらい俺たちは無力なんだ」

「悟りという境地は確かにあるんだと思う」

「ただ、そこにたどり着いた人間は、自分が悟った
なんてことすら考えちゃいないんだ」

「ひたすら己を磨き上げる」

「そしてそのことが“勝手に”周りに影響を与えていく」

「それが悟り、いや、俺たちが目指すべき境地だと思うぜ」

そう言い終えると、珍念は門を隔てて朴念のうしろに
立っていた老師に向かって深く頭を下げた。

「ただいま戻りました」

老師は目をつむって軽くうなずくのみである。

「だから朴念、俺たちはまだまだなんだよ」

「誰かを救えるなんて驕りたかぶっているうちは話にすら
ならない」

「俺たちはもっと修行を積むべきなんだ」

朴念は唇を噛み、悔しそうに目に涙をうかべている。

「おいおい、泣くなよー」

「別にお前のやってきたことが無駄だって言ってるワケじゃ
ないんだし」

朴念がこたえる。

「違うんだ」

「あまりに浅はかだった自分が悔しくて・・・」

珍念が朴念の肩をポンとたたく。

「もういいじゃねーか、そんなことは」

「それよりさ、さっきのお前、ちょっとだけカッコ良かったぜ」

朴念が少し驚いたような顔をする。

珍念が朴念をほめたのは、これが初めてだったのだ。

しかし珍念はニヤニヤしながら、更にこう付け足した。

「ま、俺の方が5倍カッコイイけどな」

・・・。

「ぷっ、はははは!!!!!!」

誰もいない山奥に、2人の笑い声だけが鳴り響く。

彼らの本当の修行はここから始まるのであった。



つづく・・・かも(笑)
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音楽

ども、ペスです。

無駄に勢いづいてきたので、やる気のあるうちに
さっさと更新しちゃいます(笑)

今回はR-MIXという先日ローランドから発売された
ちょっと変わったソフトを題材に、楽曲のあり方などを
少し話せればと思います。



まずR-MIXについてですが、このソフトは一言で言えば
楽曲をギターやヴォーカル、ドラム、ベースなどパートごとに
バラバラな状態にできるソフトです。

レビューを見る限り、実際には「バラバラ」への道のりは
まだまだ遠いようですが、大事なのはそういう今まで
不可能だと思われていたことに対して、このソフトが一石を
投じたということです。

これまでもノイズ除去ソフトなるものは販売されており、
楽曲から余計な音を取り除く作業はかなり部分できて
いたのですが、こと1つの楽曲からヴォーカルだけを抜く、
というような作業は基本的にできませんでした。

できたとしても精々ヴォーカルが聴こえ難くなる程度。

要するに、最近のカラオケ音源のついていないCDから
カラオケバージョンを作るといった作業はできなかった
ワケです。


この手の欲求は音楽をやったことのある人の間では
昔からありました。

「ギターの練習をするためにギターの音だけ聴こえるように
したい」とか「コピーバンドをやってるけど、ここの部分だけ
どういう演奏をしているのか聴こえない」という声は散見されて
いました。

僕自身、ギターをやっていたころに同じことを思ったことが
ありますし、周りも同じことを言っていたのを覚えています。

またバンドをやっていなくても、今のような声優人気を
考えれば、例えば声優さんの声とBGMをバラバラにできれば
好きな声優さんの声だけを集めて自分だけのラジオドラマが
作れるのに、というような欲求が出てくるのは当然です。

MADと呼ばれるものが大量に出現しているのは、その欲求の
表れと見てもいいでしょう。

つまり、ある時期から楽曲は「聴く」以上の価値を
提供しなければ、買い手を満足させられなくなったのです。

もちろん今でも聴くだけで満足する層は多数います。

動画投稿サイトで動画をアップする人より、その動画を
再生するだけの人の方が圧倒的に多いというのは
数えるまでもなく明らかでしょう。

しかし、この比率は確実に変化してきています。

前回のボーカロイドの話もそうですが、そもそも楽曲を
(歌を)聴くことしかできなかった人が、楽曲を(歌を)
作る人に変化しているワケですから、比率が右から
左へ移り変わっていくのは自然な話です。

現代においては、少なく見積もっても2:8ぐらいには
変化してきているはずです。

そしてこの変化こそが、まさしくパラダイムがシフト
しているということなのです。


自発的に何か(文章でも絵でもホームページでも)を
創作したことのある人なら誰でも分かると思いますが、
ただ作られたものを受け取るより、自分で何かを
作り出す方が何倍も得られるものが多く、なおかつ
楽しいのです。

僕は最近になってようやく自分でちゃんと料理を
作るようになったのですが、それだってやっぱり自分で
作った料理はお金を払って食べる料理よりも美味しいと
感じます。

ただのおにぎりや卵焼きですら、そう思います。

料理でなくても、僕はこのブログを書くことを、どんな本を
読むよりも楽しいと感じている。

本を読むのも好きですが、それはある意味でこういった
記事を書くためなのです。

もっと簡単な話をしましょう。

普段、友達と会話するとき、面白い話を聞くよりも、
面白い話を「する」方が楽しいですよね?

そういうことですよ、今僕が言っているのは。

インプットの楽しみしか知らない人に、アウトプットの
楽しさを与えた。

それが初音ミクやR-MIXなのです。

そして、そのアウトプットの場を万人に平等に与えたのが
ニコニコ動画やユーチューブといった動画投稿サイトなのです。


楽曲を聴く、というスタイル自体は音楽の重要な部分だと
思います。

けれども、それはマーケットイン的なものが通用した時代に
流行ったスタイルであって、現代のようにメディアが全方向的に
展開されている時代にそのままにしておいていいものでは
ありません。

一方向には一方向の、全方向には全方向のそれぞれ違った
価値観が生まれてくる。

音楽ではそれが


「楽曲」から「素材」への変化


だと思うのです。


楽曲を提供するのではなく、(一時的に)楽曲という形に
組み上げられた素材を提供しているという意識が、
今後は求められてくるのではないかと思います。

LEGOは1つの答え(理想形)を画像で提供しつつも、
ブロック自体は本人が自由に扱えるようにしています。

そこに既存の理想形には無かった何かが生まれるかもしれない、
という「伸びしろ」があるのです。

幼児は可能性の塊です。

であるならば、それを「海賊船」という1つの理想形で
固めてしまうのではなく、もっと他のものも作れるという
可能性を残しておいてやるのが、玩具というものの
意義でしょう。

今「幼児は可能性の塊」だと言いましたが、幼児だけではなく
人間はみんな可能性の塊です。

だったら。

玩具に限らず、もっといろんなものに「伸びしろ」を
残しておいてやるのが、何かを提供する者としての
優しさなのではないでしょうか。

ものによってはそれが出来ないものも当然あるでしょう。

しかし、その意識さえあれば必ずどこかに「伸びしろ」が
生まれてくると思うのです。


それを受け取った者の可能性を伸ばしてやること。


難しいかもしれませんが、何かを提供する機会があれば、
意識しておいて欲しいと思います。


ではー。

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もちろん哲学や心理学や社会学ばかりが勉強だとは思いません。

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1983年生まれの甘党。

セミナー講師とか色々やってます。


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