2008年05月11日

多数派主義【ペス.COM】



どうも、ペスです。

今回はかなり偏った発言になるかと思われますが
あくまでもこれは僕の考えに過ぎませんので
「ふーん」という程度に流し読みして頂ければと思います。


母の日です。

「お母さんのいる人」にとっては大切な日ですね。

メディアでは「母の日」特集なんてのをやっていて
いろんなミュージシャンの母親へ向けた歌だったり、
どんなプレゼントが人気があるのかの調査だったり、
小さい子がどういうプレゼントをしているのかという
ドキュメントだったり、母の日一色です。

でもね、「お母さんのいない人」って
こういうのをどう思うんでしょうね。


確かに母の日は日本の文化で、一般的にもそれなりに
重要な位置付けとなっています。

でもそれは、一般の人にとって重要な位置付けであって、
母親のいない少数派の人にとっては苦痛以外の
何ものでもないんじゃないか。

僕はそう思えてしまうワケです。


普通の家庭に育ち、普通に両親がいて
普通に祖母と祖父がいて・・・という方は
多分こういったことは考えないでしょう。

なぜなら、それが「普通」だから。


別に何がいいとか悪いとか言うつもりはないんです。

だた、なんか釈然としないんですよね。

「普通」を押し付けようとする社会の風潮が。


そういえば、小学校のときに先生がこんなことを
言っていたのを思い出します。

「お父さんの仕事について作文を書いてきて下さい」

なんら先生は間違っていません。

むしろそれが「普通」です。

でも世の中には「普通」に適合しない家庭事情を
抱いた子供もいるワケですよ。

お父さんがいない子、お父さんが働いていない子、
今の時代、別に珍しくもなんともありません。

でも一般的には未だに「お父さんがいるのは普通」とか
「お父さんは働いてるのが普通」という考え方がある。

これはもう文化を通り越して、だたの偏見じゃないかと。


民主主義国家である以上、多数派が「普通」と考えないと
国家は成り立たないワケですが、それは国の凝り固まった
見方であって、それを国民の「普通」としてしまうのは
やっぱり違うんじゃないかなー。

というか「普通」は時代によって変化するもんだと
思うんですね。

多数派の比率だって変化するはずです。

今や亭主関白なんて言葉は死語になろうとしているぐらいですし、
母親が家を支える家庭も珍しくなくなってきました。

もちろん全ての人に合わせるなんてことは不可能ですが、
時代によって「普通」の最大公約数みたいなもんは
変わってくるんだから、「微調整」は必要だと思います。


「普通」という言葉を使う前に
その「普通」は誰にとって「普通」なのかを
考えて行動した方がよさそうですね。

僕も気をつけます(笑)

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