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<title>ペス.COM</title> 
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<modified>2009-11-22T12:45:27Z</modified> 
<tagline><![CDATA[ペス.COMは、“フィロソフィア”（知を愛する者）ペスによる、<br>
ビジネスと哲学を融合させたちょっと珍しい勉強ブログです。<br>
コンサル的知見を活かし、ペス哲学、ペス的心理学、<br>
ペス的読書論、ペス的ビジネス戦略などの記事をアップしています。<br>
<br>

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<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028</id> 
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<name>pesu1028</name> 
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<copyright>Copyright (c) 2009, pesu1028 </copyright>
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<title>現実逃避の正体</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65321431.html" />
<modified>2009-11-22T03:45:15Z</modified> 
<issued>2009-11-22T12:41:23+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65321431</id> 
<summary type="text/plain">
どーも、ペスです。

最近、Twitterでよくボヤいてます。

前はめちゃテキトーな紹介でしたが、ペスのボヤキに
興味があったら、

ツイッター

にアクセスしてフォローしてみて下さいませ。

話題は飛躍しまくりますけど。

まあツイッターはそういうもんなんでね。

よかっ...</summary> 
<dc:subject>哲学</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65321431.html">
<![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
最近、Twitterでよくボヤいてます。<br>
<br>
前はめちゃテキトーな紹介でしたが、ペスのボヤキに<br>
興味があったら、<br>
<br>
<a href="http://twitter.com/pesu1028" target="_blank">ツイッター</a><br>
<br>
にアクセスしてフォローしてみて下さいませ。<br>
<br>
話題は飛躍しまくりますけど。<br>
<br>
まあツイッターはそういうもんなんでね。<br>
<br>
よかったら是非。<br>
<br>
<br>
さて。<br>
<br>
今回のテーマは【現実逃避】。<br>
<br>
以前チラリと<br>
<br>
「現代は現実逃避で溢れている」<br>
<br>
みたいなことを書いたような記憶があるんですが、<br>
そのことについてです。<br>
<br>
普通、何の説明もなく現実逃避という言葉を聞くと、<br>
「妄想」とか「引きこもり」とかそーゆー感じの<br>
イメージを抱くと思います。<br>
<br>
現実を忘れることだったり、現実を見ないようにすること<br>
だったり、一般的には自分が逃避していることを分かってて<br>
やめられないことを現実逃避と言いますからね。<br>
<br>
ですが、実はこれは「自覚症状がある例」に過ぎません。<br>
<br>
病気で言えば、鼻水が出たり咳が出たりするから<br>
多分風邪だと思う、みたいな状態。<br>
<br>
たまには大きな病気だったりすることもありますが、<br>
この状態は自覚症状があるだけまだマシなんですね。<br>
<br>
少なくとも「このままじゃマズイ」と思って、<br>
治そうとしますから。<br>
<br>
しかし、病気というのは自覚症状がないものの方が<br>
恐いワケですよ。<br>
<br>
ガンや脳梗塞なんていうのは、知らないうちに進行して、<br>
気付いたときにはバタッ、です。<br>
<br>
現代における現実逃避というは、まさにコレ。<br>
<br>
ガンや脳梗塞と同じように僕らの気付かぬうちに<br>
現実逃避という悪魔は僕らを蝕んでいるのです。<br>
<br>
<br>
僕はここ数週間、いわゆる「普通」の生活をしていました。<br>
<br>
ここで言う「普通」とは、飲みに行ったり、買い物したり、<br>
どうでもいい会話をしたり、そーゆー普通の人が普段から<br>
当たり前にやっているようなことを指します。<br>
<br>
僕は普段そーゆーことをしない、というか正しくは<br>
諸々の事情があってできないんですが、最近は<br>
仕事の都合もあって、そんな生活をしてたんですね。<br>
<br>
いくら下らないことだと分かっていても、飲み会を<br>
全部断ったり、すべての世間話を無視したりしてたら<br>
僕もさすがに仕事がなくなっちゃいますから。<br>
<br>
ただ、やっぱり最初は少し抵抗がありました。<br>
<br>
「こんなことばっかりしてて大丈夫か？」<br>
みたいな。<br>
<br>
あ、誤解のないように言っておきますが、一昔前までは<br>
僕もカラオケとか飲み会を楽しいと思ってたんです。<br>
<br>
というか今もそれなりに楽しいとは思ってます。<br>
<br>
ただ昔と今で大きく違うのは、その宴が終わった後の感情。<br>
<br>
昔はこんなことなかったのに、ここ数週間その生活をしてみて、<br>
僕はめちゃくちゃ虚しくなりました。<br>
<br>
なんで虚しくなったか分かるでしょうか？<br>
<br>
今の僕には「現実逃避している」という自覚症状があるからです。<br>
<br>
<br>
もう分かったと思いますが、今回ここで僕が言っている<br>
【現実逃避】というのは、普通の人が普通に過ごしている<br>
その生活そのもののことなのです。<br>
<br>
見たくないものを見ず、見たいものだけを見る。<br>
<br>
それが僕の言う【現実逃避】です。<br>
<br>
普通の人は誰も自分が現実逃避をしながら<br>
生活しているなんて思ってないと思います。<br>
<br>
そりゃまあ世間一般に「普通」と言われる生活を<br>
してるんだから当然と言えば当然。<br>
<br>
みんな自分は会社で真面目に働いて、たまに息抜きに<br>
飲み会に行って、それなりに堅実に生きていると<br>
思い込んでいるワケです。<br>
<br>
でも、それって本当は「見なきゃいけない現実」から<br>
目を背けて生きてるんじゃないの？と僕は思うんですね。<br>
<br>
ちょっと考えてみて下さい。<br>
<br>
あなたは会社で働くために生きてるんですか？<br>
<br>
あなたは飲み会をやるために会社で働いてるんですか？<br>
<br>
あなたの生きる目的はその生活のままで達成できますか？<br>
<br>
この３つを考えるだけでも、いかに現実を見失って<br>
日々生活しているのかが分かると思います。<br>
<br>
みんな自分の人生が無意味だと自覚するのを怖がって<br>
「生きる目的」にすら目を向けないのです。<br>
<br>
「自分がなぜ生きているのか分からない」という<br>
現実に目を向けないのです。<br>
<br>
いや、目を向けないというより、長年の洗脳によって<br>
目を向けることが無意味なことだと思い込まされている、<br>
と言った方が正しいかもしれません。<br>
<br>
まあ点数至上主義の日本の教育で育てられたら誰でも<br>
そうなっちゃいますよね・・・。<br>
<br>
<br>
僕の好きな歌詞にこんな一節があります。<br>
<strong><br>
やりたいことをやって暮してるなんて言って実は<br>
やれることだけやってただけでしょ<br>
</strong><br>
（SURFACE「なにしてんの」より引用）<br>
<br>
まさに僕が言いたいのはコレ。<br>
<br>
みんな「やりたいこと」ではなく「やれること」を<br>
やってるだけだと思うんですね。<br>
<br>
それもほとんどが無自覚に。<br>
<br>
だから余計に厄介なんですよ。<br>
<br>
しかもこの症状は依存性が高過ぎる。<br>
<br>
「やれること」の方が楽なもんだから、慣れれば慣れるほど<br>
その生活から離れられなくなります。<br>
<br>
年齢が高くなるほど思考の柔軟性が失われるのは<br>
主にこのためです。<br>
<br>
確かに「やれること」の中にも「やりたいこと」は<br>
あるかもしれません。<br>
<br>
でも、そんなキャパの狭い「やれること」になんて<br>
価値はないと思うんです。<br>
<br>
このブログに書いてあることが、誰にでも書けるような内容、<br>
例えば普通の日記みたいなものだったら、そこに読む価値は<br>
生まれないワケですよ。<br>
<br>
他の人が書けないこと、今までの自分だったら<br>
書けなかったようなことを書くから読まれる。<br>
<br>
尚且つ、それが「やりたいこと」だから心がこもる。<br>
<br>
そうやって価値は生まれるのです。<br>
<br>
これは人生も同じ。<br>
<br>
誰にも真似できない人生、且つ、自分の達成したい人生を<br>
目指すから、そこに価値が生まれるのです。<br>
<br>
<br>
もちろん必ずしも僕の言うことが正しいとは限りません。<br>
<br>
あくまでも上に書いたのは、僕の考えであって、<br>
「その日その日が楽しければいいじゃん」と思うなら、<br>
そうやって過ごすのも一つの道です。<br>
<br>
僕にはそんな虚しい人生が幸せだとは思いませんが、<br>
快楽に溺れるのも、それはそれで幸せなのかもしれません。<br>
<br>
人それぞれみんな価値観は違いますから。<br>
<br>
でも、１つだけ覚えておいて欲しい言葉があります。<br>
<br>
<strong><br>
必要なことのみをせよ<br>
</strong><br>
<br>
僕のバイブル、マルクス・アウレーリウス【自省録】に<br>
ある言葉です。<br>
<br>
これは、人生において必要なことだけをしなさい、<br>
という意味ですが、大事なのは「あなたの人生において」<br>
ということです。<br>
<br>
あなたが人生で必要だと思うことのみを行えば、<br>
そこには大きな余暇（余裕）が生まれ、心安らかに<br>
人生を送ることができるだろう、と。<br>
<br>
彼はそんなことを言っています。<br>
<br>
「必要なこと」って一体何なんでしょうね？<br>
<br>
答えはあなた自身で考えてみて下さい。<br>
<br>
<br>
ではでは。<br>
<br>
<center><a href="http://pesu.livedoor.biz"><strong>【ペス.ＣＯＭ】</strong>トップへ</a>]]> 
</content>
<author>
<name>pesu1028</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>勉強とは何か</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65320921.html" />
<modified>2009-11-14T16:01:07Z</modified> 
<issued>2009-11-12T11:24:50+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65320921</id> 
<summary type="text/plain">
どーも、ペスです。

ここ数週間にアップされた記事は、こちらの諸事情により
削除させて頂きました。

勝手でごめんなさい。

あれらの記事は気が向いたらレポートにして配布しようと
思っているので（もちろん無料で）、必要な場合は、
それまで待っていてもらえればと思...</summary> 
<dc:subject>このブログについて</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65320921.html">
<![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
ここ数週間にアップされた記事は、こちらの諸事情により<br>
削除させて頂きました。<br>
<br>
勝手でごめんなさい。<br>
<br>
あれらの記事は気が向いたらレポートにして配布しようと<br>
思っているので（もちろん無料で）、必要な場合は、<br>
それまで待っていてもらえればと思います。<br>
<br>
<br>
さてさて。<br>
<br>
今回はこのブログのある意味「肝」とも言える<br>
【勉強】についての記事を書いておこうと思います。<br>
<br>
勉強って言っても別に「もっと勉強しやがれ、この野郎！」<br>
みたいなことが書きたいワケではなく、僕にとって<br>
勉強とはこういうものですよ、というのを書くだけです。<br>
<br>
このブログを読む以上は、一応知っておいて欲しいので。<br>
<br>
読みながら徒然と考えてもらえればと思います。<br>
<br>
<br>
<br>
みんなの大嫌いなお勉強。<br>
<br>
周りを見ても僕ぐらい異常なテンションで（笑）<br>
「勉強が好き」と言ってるヤツはまずいません。<br>
<br>
というのは、多分「勉強」の意味がみんなと僕とでは<br>
違うからだと思うんですね。<br>
<br>
学生なら宿題やったり、学校の授業を受けたり、テストのために<br>
復習したりすることが勉強だと思っているでしょうし、<br>
社会人なら資格試験の問題集を解いたり、Ｃ言語を覚えたり、<br>
ビジネス書を読んだり、セミナーに出たりすることが<br>
勉強だと思っている。<br>
<br>
だから勉強が嫌いになるんだと思うんです。<br>
<br>
これだと「やること」にフォーカスしちゃってますから。<br>
<br>
でも、僕が【勉強】と言うときはもっと広い意味で<br>
この言葉を捉えているんですね。<br>
<br>
というか、僕の言う【勉強】は行動ではなくて、<br>
態度とか姿勢とか意志とか、そっちの意味の方が近い。<br>
<br>
つまり僕が「勉強好き」というとき、それは<br>
「何かを学ぼうという姿勢が好き」ということ<br>
なんです。<br>
<br>
もっと言えば「そんな自分（や人）が好き」なんです（笑）<br>
<br>
例えば、僕にとって【勉強】とはセミナーに出ること<br>
ではなくて、どちらかと言えば、セミナーに出て何かを<br>
学ぼうとするその姿勢そのもののことを指します。<br>
<br>
学校で言えば、授業に出ることが勉強ではなく、<br>
その授業からちゃんと何かを学ぼうとすることが<br>
【勉強】だということです。<br>
<br>
この違い、分かるでしょうか？<br>
<br>
世間では「勉強しなさい」と子供を叱る親が多いようですが、<br>
この違いが分かれば「勉強しなさい」と叱ることがいかに<br>
矛盾した行為なのかが分かってもらえると思います。<br>
<br>
（もちろん僕の言う意味での【勉強】において、ですが）<br>
<br>
そもそも【勉強】とは、誰かに「させられるもの」ではなく<br>
自分で「するもの」なんですから。<br>
<br>
<strong><br>
人生は死ぬまで勉強である<br>
</strong><br>
<br>
結構こーゆーこと言ってる人って多いですよね。<br>
<br>
ググッただけでもいろんなブログでこの手の言葉が<br>
目につきます。<br>
<br>
ただ、それって本気で思ってんの？って思うんです。<br>
<br>
一時的に「そう思った」だけなんじゃないの？って。<br>
<br>
まあ誹謗中傷以外であれば誰がどんな発言をしようが<br>
ほぼ自由だと思いますが、ここは敢えて書かせて下さい。<br>
<br>
「安易にその手の発言はしない方がいい」<br>
<br>
いや、別にいいんです。<br>
<br>
別にいいんですけど、ブログで「人生死ぬまで勉強だ」とか<br>
言ってる人に限って何も勉強せずに生きているような気が<br>
するんですよね。<br>
<br>
生きていることそのものが勉強なんだ、みたいな発想で。<br>
<br>
あくまでもこれは僕の考えですが、僕は<br>
<strong><br>
人生は生きてるだけなら無駄である<br>
</strong><br>
と思ってます。<br>
<br>
あ、もちろんこれは「勉強」という意味において無駄だ、<br>
ってことね。<br>
<br>
人間の尊厳を無視した発言ではないので勘違いなきよう。<br>
<br>
話を戻します。<br>
<br>
なぜ人生は生きているだけなら無駄なのか。<br>
<br>
それは、授業に出て何もしないのと同じだからです。<br>
<br>
人生が全て勉強だとするならば、生きている間は<br>
ずっと授業中だ、ってことですよね？<br>
<br>
ってことは、僕の定義で言えば、生きている間は常に<br>
何かを学び取ろうとする姿勢でないといけないワケです。<br>
<br>
そうじゃないと人生という名の授業が無駄になっちゃうから。<br>
<br>
だから、生きていることそのものが勉強だ、<br>
なんていうのは幻想だと僕は思っているのです。<br>
<br>
自転車に乗ってるとき、昼ご飯を食べてるとき、<br>
ギター弾いてるとき、ゲームやってるとき、<br>
カラオケで歌ってるとき、飲み会やってるとき、<br>
どんな時でもそのときを無駄にせずに学べていますか？<br>
<br>
これが「人生死ぬまで勉強」ということです。<br>
<br>
いつどんなときでも何かを学んでいる。<br>
<br>
こんなことを実際に実践できている人が<br>
この世に何人いる？って話ですよ。<br>
<br>
僕だってまだまだこんな域には到達していません。<br>
<br>
気が付けばボーっとしてるし、学ぶ姿勢を<br>
忘れているときだって当然あります。<br>
<br>
人間だもの（笑）<br>
<br>
でも、だからこそ、勉強を大事にしてるんですね。<br>
<br>
本を読んだり、セミナーに出たりするのも大事ですが、<br>
僕にとってそれ以上に大事なのは、<br>
<strong><br>
常に勉強できているかどうか<br>
</strong><br>
なんです。<br>
<br>
何をしていようが関係ありません。<br>
<br>
何をしてても学べているかどうかが問題なのです。<br>
<br>
歩いてるときでも、テレビを見ているときでも<br>
マンガを読んでるときでも、映画を見ているときでも、<br>
トイレに行っているときでさえも、何かを考え、<br>
何かを学び取れているか。<br>
<br>
道端に落ちているゴミを見て<br>
<br>
「なぜあんなところにゴミが落ちているのか」<br>
「なぜ道端にゴミを捨てる人と捨てない人がいるのか」<br>
「道端にゴミを捨ててしまう人を心理学的に説明できないか」<br>
「大勢の人が見ている前でも人は道端にゴミを捨てられるのか」<br>
「そもそもゴミとは何なのか」<br>
「客観的なゴミというものは存在するのか」<br>
<br>
と深く考えられているか。<br>
<strong><br>
人生は死ぬまで勉強である<br>
</strong><br>
っていうのは、こういうことだと思うんです。<br>
<br>
読書に励むのもいいですが、たまには何も無いところから<br>
何かを学ぶ訓練、なんてのもやってみてはいかがでしょうか？<br>
<br>
そこに「勉強が好きになるキッカケ」が隠れているような<br>
気がします。<br>
<br>
ではでは。<br>
<br>
<center><a href="http://pesu.livedoor.biz"><strong>【ペス.ＣＯＭ】</strong>トップへ</a>]]> 
</content>
<author>
<name>pesu1028</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>ヒーローとビジネスの関係</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65306937.html" />
<modified>2009-10-19T16:59:30Z</modified> 
<issued>2009-09-27T23:14:45+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65306937</id> 
<summary type="text/plain">
どーも、ペスです。

えー、まず気付いていないことは有り得ないと思いますが、
一応書いときます。

先週辺りから【単語帳】なるものを作りました。

内容は見てもられば分かる通り、このブログに登場する
単語の説明および、それに付随した書籍などの説明が
書かれていま...</summary> 
<dc:subject>ビジネス</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65306937.html">
<![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
えー、まず気付いていないことは有り得ないと思いますが、<br>
一応書いときます。<br>
<br>
先週辺りから【単語帳】なるものを作りました。<br>
<br>
内容は見てもられば分かる通り、このブログに登場する<br>
単語の説明および、それに付随した書籍などの説明が<br>
書かれています。<br>
<br>
今はまだ４つしかアップしてませんが、気が向いたら<br>
適当に増やしていく予定なので、まあ何かの参考にでも<br>
してもらえたらな、と。<br>
<br>
特に書籍の説明に関しては、書籍名で検索してもられば<br>
分かりますが、巷ではあまりレビューされていないような<br>
難解で（レアで）重要な本を紹介しているつもりなので、<br>
できれば読み流さないで欲しいというのが個人的な願いです。<br>
<br>
というか、むしろ「読めよ、この野郎！」みたいな（笑）<br>
<br>
実際、その辺の下らないビジネス書100冊読むより<br>
ハンナ・アレントとかニーチェの著作１冊読む方が<br>
よっぽど役に立ちますからね。<br>
<br>
読めるかどうかは保証しませんけど（笑）<br>
<br>
フォーカスリーディングで有名な寺田昌嗣さんはブログで<br>
<br>
<br>
　分厚い本、古典的名著を読むことに苦痛を感じるとしたら、<br>
　それはカナリヤバイ状態だと思って間違いありません。<br>
　<br>
　どれくらいヤバイか？<br>
　<br>
　ちょっとした計算でも、電卓をたたかないと答えを出せない<br>
　というぐらいヤバイ！<br>
　<br>
　つまり、頭が「複雑な思考力」や「文脈を読み解き、<br>
　整理する理解力」「場面、奥行き、展開を想像するイメージ力」が<br>
　衰えている可能性があるっていうことなんです。<br>
　　<br>
　これは、ヤバイ。<br>
　<br>
　人の表面的な言葉や、誰もが知っている言葉にしか<br>
　反応できない体質になっていきつつある可能性がありますよ。<br>
<br>
（http://www.sr20.jp/yomoyama/try-heavybooks.htmlより引用）<br>
<br>
<br>
なんてことを言ってます。<br>
<br>
彼がどれぐらい信用に値する人なのかは僕には未知数ですが、<br>
少なくとも僕が単独で叫ぶよりかは説得力あるかな、と（笑）<br>
<br>
そんなワケなので、たかが単語帳だからって邪険に扱うのではなく、<br>
ちゃんと意味があって書いてるというのを分かってもらえれば<br>
嬉しいです。<br>
<br>
んじゃ本題へ入っていきましょう。<br>
<br>
<br>
<br>
今回からそろそろビジネスの話に少しずつ触れていこうかと<br>
思っています。<br>
<br>
今までの小難しい相対主義の話がどうやってビジネスに<br>
絡んでくるのか。<br>
<br>
その禁断の謎がやっと紐解かれるワケです（笑）<br>
<br>
その第一回目として今回は<br>
<br>
【ビジネスにおけるヒーローの意義】<br>
<br>
みたいなのを話していければなー、と思ってます。<br>
<br>
久々に出ましたねー、<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304726.html" target="_blank">「ヒーロー」</a>。<br>
<br>
忘れてたらリンクをクリックして思い出して下さい（笑）<br>
<br>
<br>
一応簡単に振り返っておくと、ヒーローというのは、一言で言えば、<br>
迷える人を導いてくれるリーダー的存在のことでしたね。<br>
<br>
相対主義では人々は不安を抱え、自分の歩く道さえ分からず<br>
路頭に迷っている。<br>
<br>
言い換えれば、自分で自分の目標を定めたり、目的を持って<br>
行動したりすることが出来なくなっている。<br>
<br>
だから人々は信用・信頼でき、自らを導いてくれる<br>
理性的権威ある人、つまりヒーローを求めているのである。<br>
<br>
今までのいろんな話を要約すると、こんな感じです。<br>
<br>
じゃあこれをビジネスに当てはめるとどうなるのか。<br>
<br>
<br>
ちょこちょこ話していますが、今の時代はビジネス的にも<br>
混沌とした時代（時期）です。<br>
<br>
有り得ないぐらいモノが売れない。<br>
<br>
有り得ないぐらい生徒が来ない。<br>
<br>
有り得ないぐらい新卒採用枠が少ない。<br>
<br>
今まである程度「常識」と思われていたものが<br>
通用しなくなってしまっている。<br>
<br>
今までだったら「取り敢えず就職して・・・」みたいな<br>
話が出来たワケですが、今はその「取り敢えず」という<br>
前提さえ成り立たない。<br>
<br>
要は、みんな「どうすればいいのか分からない」ワケです。<br>
<br>
<br>
<br>
人は不安を不安のまま放っておくことが出来ません。<br>
<br>
これは心理学的にも証明されていることで、<br>
人は心が不安（不安定）だと、それをなんとか<br>
ニュートラルな状態に戻そうとするんですね。<br>
<br>
生物学的にはホメオスタシス（恒常性）とか<br>
呼ばれたりもします。<br>
<br>
現実逃避っていうのも、その手段の１つです。<br>
<br>
現実を見ないようにすることによって、<br>
今持っている不安を一時的に忘れてしまう。<br>
<br>
「今のままじゃ売り上げが落ちて社員の給料も<br>
　払えなくなってしまう。なんとかしなきゃ・・・」<br>
<br>
「でもまだそれなりに商品も売れてるし、放っておいても<br>
　景気は回復するだろうから、まあ大丈夫だろう・・・」<br>
<br>
みたいな。<br>
<br>
そうやって現実の不安を直視しないことによって<br>
人は「一時的に」心を安定させるワケです。<br>
<br>
ただ当たり前ですが、現実逃避では現実を変えることは出来ません。<br>
<br>
言い換えれば、もっている不安を無くすことは出来ない。<br>
<br>
本当の意味で不安を解消するには、やはり辛くても<br>
現実（不安）と向かい合うしかないのです。<br>
<br>
でも今の時代を生きる人々は不安と向き合うことはできても、<br>
その不安を乗り越える方法が分からないんですね。<br>
<br>
「どうしたらいいんだろ・・・」<br>
<br>
って、ひたすら苦悩し続けている状態。<br>
<br>
だからこそ「こうやれば大丈夫ですよ」と言ってくれる存在<br>
つまりビジネスにおいても【ヒーロー】がより重要になって<br>
きているのです。<br>
<br>
<br>
少し前に週刊ダイヤモンドか何かの経済雑誌で<br>
神田昌典さんが<br>
<br>
「これからは【教える】ビジネスが流行る」<br>
<br>
みたいな発言をしてましたが、それはやっぱり<br>
流石というか、的を得ていると思うんですね。<br>
<br>
混沌、混迷とした時代には、われわれは学ぶしかないんだから。<br>
<br>
デカルトが西洋中の本を読み漁ったように、<br>
明治時代の偉人（夏目漱石や福沢諭吉ら）が<br>
驚くほど勤勉だったように、<br>
不安というのは人々を勉強に掻き立てるワケです。<br>
<br>
僕がこのブログの理念に挙げている<br>
<br>
「みんなが勉強好きになれば世界は楽しくなる」<br>
<br>
というのにも、そーゆー意味が込められています。<br>
<br>
福沢諭吉も<br>
<br>
【学びて富み、富みて学ぶ】<br>
<br>
って言ってますからね。<br>
<br>
まあ福沢諭吉の話は別にいいんですけど、<br>
要は、学びたい人が増えている今は<br>
教える人が儲かるんじゃない？ということです。<br>
<br>
ただ、自分の知りたいことを教えてくれる人なら<br>
人は誰にでも金を払うのか、と言えばそれは<br>
間違いなくノーですよね。<br>
<br>
学校の先生を思い出してみて下さい。<br>
<br>
みんな数学や国語や古典や世界史や英語の授業で<br>
何かしら教えてくれます。<br>
<br>
でもだからと言って、学校の先生全員に対して<br>
「是非勉強を教えて欲しい！」と思うかというと<br>
多分そんなことはないと思うんですね。<br>
<br>
むしろ、教え方の下手な先生、ムカツク先生、<br>
気持ち悪い先生が圧倒的多数を占めている、<br>
というのが本音だと思います（笑）<br>
<br>
じゃあそんな先生に対して教えを請いたいなんて<br>
思うのか？ってことです。<br>
<br>
<br>
ヒーローは理性的権威の塊である。<br>
<br>
<br>
いつかこんなことを書いたような気がします。<br>
<br>
理性的権威というのは、その人に対して「何かしてあげたい」<br>
と思わせる権威（というか雰囲気みたいなもの）のことですが、<br>
ヒーローはそれを備えた存在じゃないといけないワケですよね。<br>
<br>
それプラスみんなを導いていくパワー、それは知識であったり<br>
能力であったりセンスであったり色々あると思いますが、<br>
そういったモノも持っていないとヒーローにはなれない。<br>
<br>
ってことは、ビジネスにおいても「ただ教えるだけの人」は<br>
ヒーローにはなり得ないワケで、それはつまり「儲からない」<br>
ってことを意味するワケです。<br>
<br>
信用や信頼なしで儲けるなんてことは<br>
悪いことをしない限り不可能ですから。<br>
<br>
<br>
<br>
さてさて。<br>
<br>
ホントは今回の話はもっと短くなる予定だったんですが、<br>
思いのほか長くなってしまいました。<br>
<br>
まあ長いのはいつものことですから<br>
もはや気にもならないことでしょう（笑）<br>
<br>
ってか意味は分かってもらえました？<br>
<br>
要は、<br>
<br>
【今の時代はヒーローになれば、それだけで儲かるよ】<br>
<br>
みたいなことが言いたかったんです。<br>
<br>
これだけ読まれてしまうと微妙にいやらしい奴に<br>
見られてしまいそうですが、そーゆーことなんだから<br>
仕方がない。<br>
<br>
ヒーローになるのは簡単じゃない、いや、簡単じゃないどころか<br>
その道は茨の道です。<br>
<br>
でもヒーローに向かう過程っていうのは、<br>
自分の成長の過程ですから、本来は楽しいものだと<br>
思うんですよね。<br>
<br>
分からないことが分かるようなったり、<br>
出来なかったことが出来るようなったり、<br>
毎日がその積み重ねですから。<br>
<br>
まあとにかく<br>
<br>
「一緒にヒーロー目指してみません？」<br>
<br>
みたいなことですよ（笑）<br>
<br>
絶対楽しいと思うんだけどなー。<br>
<br>
ではでは。<br>
<br>
<center><a href="http://pesu.livedoor.biz"><strong>【ペス.ＣＯＭ】</strong>トップへ</a>]]> 
</content>
<author>
<name>pesu1028</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>アナタがいるから私がいる</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65302302.html" />
<modified>2009-09-16T20:47:09Z</modified> 
<issued>2009-09-17T05:47:26+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65302302</id> 
<summary type="text/plain">
どーも、ペスです。

今回はちょっと変な方向に話を進めてみます。

タイトルを読んでもらえればお分かりのように
今までと雰囲気が違いますよね？

スピリチュアルっぽいというか、なんというか・・・。

一般に女性に好かれそうなタイトル（笑）

一見するとそんな感じな...</summary> 
<dc:subject>哲学</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65302302.html">
<![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
今回はちょっと変な方向に話を進めてみます。<br>
<br>
タイトルを読んでもらえればお分かりのように<br>
今までと雰囲気が違いますよね？<br>
<br>
スピリチュアルっぽいというか、なんというか・・・。<br>
<br>
一般に女性に好かれそうなタイトル（笑）<br>
<br>
一見するとそんな感じなんですが、僕の書く文章が<br>
そんなものになるはずもなく（笑）メインの内容は<br>
社会心理学的な話になります。<br>
<br>
残念（笑）<br>
<br>
僕も決してあっち系が嫌いなワケじゃないんですけどねー。<br>
<br>
スピリチュアルとかオカルトとか錬金術とかって<br>
深く勉強すると実は結構面白いんで。<br>
<br>
ただ、現段階ではまだ触れられない、というのが<br>
僕の立場です。<br>
<br>
なので、そのうちそーゆー話も出てくるかもしれません。<br>
<br>
<br>
<br>
さてさて。<br>
<br>
今回の話はジョージ・ハーバード・ミードって人の<br>
【I】と【Me】という概念がメインになります。<br>
<br>
ってかそれしか書きません（笑）<br>
<br>
【I】と【Me】については後で詳しく説明しますが、<br>
要は「自分って何なの？」みたいな話です。<br>
<br>
<br>
現在、【やりたいことが分からない】という悩みと<br>
ほぼ同じぐらい多くの人が悩んでいることに<br>
<br>
【自分が何なのかが分からない】<br>
<br>
というのがあります。<br>
<br>
「自分探しの旅」や「自分探し病」などの言葉に<br>
代表されるように、みんな何かしら自分というモノを<br>
見つけようとしている。<br>
<br>
これにも<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304691.html" target="_blank">相対主義</a>が影響しているのはもはや言うまでも<br>
ありませんが、そんなことを知っている人は<br>
迷わないワケで、知らないからみんな右往左往して<br>
しまっているワケです。<br>
<br>
今から紹介するミードが相対主義に対する問題意識を<br>
持っていたかどうかは僕が不勉強なせいで分かりません。<br>
<br>
でも、彼の思想は僕に相対主義「解明」の大きなヒントを<br>
与えてくれました。<br>
<br>
（あくまでも「解明」であって「解決」ではない）<br>
<br>
彼が提唱した概念で有名なのは、上に書きましたが<br>
【I】と【Me】という概念です。<br>
<br>
【I】とは個人的自己のことを指します。<br>
<br>
これは何ていうか「これが自分だ！」みたいな<br>
自分像みたいなものです。<br>
<br>
アイデンティティと言えば伝わるかな。<br>
<br>
【Me】とは社会的自己、つまり自我のこと。<br>
<br>
これは周りから見た自分、もしくは、周りに<br>
見せている自分がそれです。<br>
<br>
客観的自己と言い換えてもいいかもしれません。<br>
<br>
<br>
通常、この個人的自己と社会的自己は個別に存在すると<br>
考えられています。<br>
<br>
特に日本人は「本音と建て前」という言葉があるように、<br>
個人的自己は内に秘め、社会的自己を外に出す、<br>
というのが通例、というか文化です。<br>
<br>
つまり【I】と【Me】は完全な別物として捉えられている。<br>
<br>
しかしミードが言ったのは、これとは発想が違うんですね。<br>
<br>
彼が【I】と【Me】の概念の中で言っているのは<br>
<br>
【Me】から【I】が形成され、その【I】がまた【Me】に<br>
反映される、という循環の繰り返しで【私】は作られて<br>
いるんだ<br>
<br>
と。<br>
<br>
より簡単に言えば、<br>
<br>
【見られる自分】がいなければ【見る自分】は存在しないし、<br>
【見る自分】と【見られる自分】は相互に影響を与えながら<br>
【私】を作り出している<br>
<br>
ということです。<br>
<br>
全然簡単になってなかったらごめんなさい（苦笑）<br>
<br>
<br>
ところで。<br>
<br>
「人間は一人じゃ生きていけない」<br>
<br>
なんてことが巷ではよくささやかれたりしていますが、<br>
これの意味って分かります？<br>
<br>
あ、いや、これは別にバカにしてるんじゃなくって<br>
純粋に聞いてます。<br>
<br>
これって、よく言われるのは<br>
「必ず誰かの作った道具を使ってるから」とか<br>
「完全な自給自足は不可能だから」みたいな<br>
物理的な問題だけですよね。<br>
<br>
確かにその答えも間違いじゃないと思うんですが、<br>
今回のミードの考え方を踏まえれば、それが本質的な<br>
答えではないことがよく分かると思います。<br>
<br>
人間が一人で生きていけないのは<br>
<br>
「何かしらの物理的な問題が生じるから」<br>
<br>
ではありません。<br>
<br>
【アナタ】がいなければ、そもそも【私】が<br>
存在し得ないからなのです。<br>
<br>
つまり<br>
<strong><br>
【私（個人的自己）】には【アナタ】が必要<br>
</strong><br>
なのです。<br>
<br>
<br>
【人間】って本当によく出来た言葉だなー、と<br>
僕は最近になってようやく気が付いたんですけど、<br>
なんで【人間】は「人」の「間」って書くんだと<br>
思います？<br>
<br>
【人の間】ってことは、最低でも２人以上の「人」が<br>
必要だってことなんですよ。<br>
<br>
つまり、「アナタ」と「私」が必要なんです、<br>
【人間】であるためには。<br>
<br>
しかも【間】ってことは、そこには関係性がないといけない。<br>
<br>
それは親子かもしれないし親戚かもしれないし<br>
師弟かもしれないし友人関係かもしれない。<br>
<br>
とにかく何でもいいから２人以上の人が存在し、<br>
そこに何かしらの関係性が存在しないと<br>
人は【人間】でいられない、ってことなんです。<br>
<br>
仮にその場に２人の人がいたとしても、その２人の関係が<br>
完全な他人であれば【間】に何も存在しません。<br>
<br>
だって「他人」っていうのは関係じゃないですからね。<br>
<br>
自分とは何の関係もない人を「他人」って呼ぶワケですから<br>
そこに何か関係があればこの言葉自体が矛盾してしまいます。<br>
<br>
要は、【アナタ】は他人ではダメだ、ってことです。<br>
<br>
少なくとも「道を聞いてきた人」とか「ハンカチを<br>
拾ってくれた人」とかそーゆー関係がないと<br>
【アナタ】にはなり得ないのです。<br>
<br>
ここまで話せば、なんとなく<br>
<strong><br>
【アナタ】がいるから【私】がいる<br>
</strong><br>
っていうのは分かってもらえました？<br>
<br>
<br>
そこで。<br>
<br>
この話を発展させるために、また<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304691.html" target="_blank">相対主義</a>の話を<br>
思い出してみましょう。<br>
<br>
もう聞き飽きたと思いますが、相対主義は他者に無関心な人を<br>
生み出し、「アナタはアナタ、私は私」という価値観を<br>
われわれに植え付けました。<br>
<br>
そこから導き出されるのは、他者との関係を失った孤独な【私】。<br>
<br>
誰からも邪魔されず自由である反面、誰からも関心（関係）を<br>
持ってもらえない孤独な存在が現代の【私】です。<br>
<br>
ってことは、現代の【私】は段々と【見られる自分】を<br>
作る機会が減ってきているワケですよ。<br>
<br>
だって関心（関係）のない相手に対して「見られること」を<br>
意識する必要はないですからね。<br>
<br>
職場ではテキトーな服装だけど恋人に会うときは<br>
特別な服を着る、なんていうのはその典型。<br>
<br>
同様に、電車の中で化粧ができちゃうのも「周りから見られる」<br>
という周りへの関心（関係）を失ってしまっているからです。<br>
<br>
そこには【見られる自分（Me）】が存在しない。<br>
<br>
つまり、電車の中で化粧をしている【私】は<br>
誰でもない【私】なのです。<br>
<br>
（それは【人間】ではなく【人】なのです）<br>
<br>
伝わったかなー・・・（苦笑）<br>
<br>
<br>
これが分かれば、なぜ自分を探す人が増えているのか、<br>
という疑問も簡単に理解することが出来ます。<br>
<br>
一言で言えば、それは<br>
<strong><br>
みんながみんなに関心（関係）を持たなくなったから<br>
</strong><br>
です。<br>
<br>
より大きく言うと、相対主義という悪魔によって<br>
われわれの関係性が希薄になってしまったから。<br>
<br>
【人間】が【人】になろうとしているからなのです。<br>
<br>
<strong><br>
【アナタ】がいるから【私】がいる<br>
</strong><br>
<br>
何度も書いてますが、今回の話はホントにこれだけです。<br>
<br>
自分という存在は他者との関係によって保証されている。<br>
<br>
これは今の時代の重要なキーワードなので<br>
忘れないで欲しいと思います。<br>
<br>
ではでは。<br>
<br>
<center><a href="http://pesu.livedoor.biz"><strong>【ペス.ＣＯＭ】</strong>トップへ</a>]]> 
</content>
<author>
<name>pesu1028</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>ホセ・オルテガ・イ・ガセット（単語帳）</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304765.html" />
<modified>2009-09-26T15:49:39Z</modified> 
<issued>2009-09-16T14:18:29+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65304765</id> 
<summary type="text/plain">

ホセ・オルテガ・イ・ガセット

スペインの哲学者です。

著書【大衆の反逆】が有名で、ミクシィのオルテガコミュニティでも
議論の的になっています。

【大衆の反逆】はこの手の本にしては非常に読みやすいので
是非とも読んで欲しいんですが、読みやすいという理由を
除...</summary> 
<dc:subject>単語帳</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304765.html">
<![CDATA[<br><br>
<strong><br>
ホセ・オルテガ・イ・ガセット<br>
</strong><br>
スペインの哲学者です。<br>
<br>
著書【大衆の反逆】が有名で、ミクシィのオルテガコミュニティでも<br>
議論の的になっています。<br>
<br>
【大衆の反逆】はこの手の本にしては非常に読みやすいので<br>
是非とも読んで欲しいんですが、読みやすいという理由を<br>
除いても、<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304691.html" target="_blank">相対主義</a>に言及しているという点で非常に<br>
興味深い著書です。<br>
<br>
言及している、というか、むしろそれしか書いてない。<br>
<br>
僕のブログを楽しく読めているアナタなら<br>
楽しめると思いますし、尚且つ安いので（笑）<br>
本屋で見かけたら是非買って読んでみて下さいな。<br>
<br>
<br>
ちなみに、どーでもいい話なんですが、<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304760.html" target="_blank">ガダマー</a>の自伝に<br>
３行だけオルテガが出てきます（笑）<br>
<br>
よかったらそっちも併せてどうぞ。<br>
<br>
<br>
【参考ページ】<br>
<br>
<font size="4"><a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65287601.html" target="_blank">「われわれ」は一体何者なのか</a></font><br>
<br>
<center><a href="http://pesu.livedoor.biz"><strong>【ペス.ＣＯＭ】</strong>トップへ</a>]]> 
</content>
<author>
<name>pesu1028</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>ハンス・ゲオルク・ガダマー（単語帳）</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304760.html" />
<modified>2009-09-26T15:33:50Z</modified> 
<issued>2009-09-16T13:48:00+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65304760</id> 
<summary type="text/plain">

ハンス・ゲオルク・ガダマー。

ドイツの哲学者です。

解釈学と言えばガダマーと呼ばれるぐらい
解釈学の権威として有名。

解釈学というのは、その名の通り、人の解釈を研究する学問です。

最初は文章とか物体なんかを主な対象にしていましたが、
ハイデガーやガダマー...</summary> 
<dc:subject>単語帳</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304760.html">
<![CDATA[<br><br>
<strong><br>
ハンス・ゲオルク・ガダマー。<br>
</strong><br>
ドイツの哲学者です。<br>
<br>
解釈学と言えばガダマーと呼ばれるぐらい<br>
解釈学の権威として有名。<br>
<br>
解釈学というのは、その名の通り、人の解釈を研究する学問です。<br>
<br>
最初は文章とか物体なんかを主な対象にしていましたが、<br>
ハイデガーやガダマーの頃になると「先入見」や「理解」<br>
というものが主な研究対象になってきています。<br>
<br>
<br>
彼の著書で有名なのは恐らく【真理と方法】。<br>
<br>
哲学書の中では難しい方に入ると思います。<br>
<br>
ただ、読めるところだけを読んでもそれなりに勉強になるので、<br>
サラサラっとページを捲って読めそうなところだけ読む、というのが<br>
オススメの読み方です（笑）<br>
<br>
【地平融合】という言葉だけでも覚えておくと<br>
博識ぶることが出来るかもしれません（笑）<br>
<br>
なお、真剣に読むと挫折するのでご注意を（笑）<br>
<br>
<br>
【参考ページ】<br>
<br>
<font size="4"><a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65282602.html" target="_blank">歴史的地平で読み解く相対主義</a></font><br>
<br>
<center><a href="http://pesu.livedoor.biz"><strong>【ペス.ＣＯＭ】</strong>トップへ</a>]]> 
</content>
<author>
<name>pesu1028</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>ヒーローとは（単語帳）</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304726.html" />
<modified>2009-09-16T04:22:12Z</modified> 
<issued>2009-09-16T12:24:29+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65304726</id> 
<summary type="text/plain">
ヒーローとは

自分の所属する共同体において絶大な信用と信頼があり、尚且つ、
自らの善なる信念を持ってその共同体を導いていける存在

のこと。

読んで分かるように、このブログにおける【ヒーロー】とは、
一般に言う「正義のヒーロー」とはちょっと、いや、...</summary> 
<dc:subject>単語帳</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304726.html">
<![CDATA[<br><br>
ヒーローとは<br>
<strong><br>
自分の所属する共同体において絶大な信用と信頼があり、尚且つ、<br>
自らの善なる信念を持ってその共同体を導いていける存在<br>
</strong><br>
のこと。<br>
<br>
読んで分かるように、このブログにおける【ヒーロー】とは、<br>
一般に言う「正義のヒーロー」とはちょっと、いや、かなり違います。<br>
<br>
自分の所属する共同体、というのはミクシィのコミュニティ<br>
みたいなものを思い浮かべてもらえば分かり易いかもしれません。<br>
<br>
例えば「猫好き」のコミュニティ。<br>
<br>
僕が言うまでもなくそこには猫好きが集まっているワケですが、<br>
そのコミュニティで信用や信頼を得ている人というのは多分、<br>
猫にめちゃ詳しい人だったり、アップする猫画像がいつも<br>
可愛くて人気のある人だったり、猫ブリーダーだったり<br>
そんな感じだと思います。<br>
<br>
そして尚且つ、善なる信念を持ってコミュニティを導く、<br>
つまり猫に関する誤解や間違いを正し、猫と一緒に暮らすとは<br>
どういうことなのかを正しい知識を持って発信していける存在が<br>
猫好きコミュニティにおける【ヒーロー】です。<br>
<br>
「本物のプロ」と表現しても間違いではないでしょう。<br>
<br>
<br>
僕のブログではもっと大きな共同体（<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304691.html" target="_blank">相対主義</a>の世界）を<br>
対象とした【ヒーロー】を想定して話を進めていますが、<br>
本質的には猫好きコミュニティのヒーローと意味は同じです。<br>
<br>
物凄く乱暴に言ってしまえば、あるコミュニティの中で<br>
<br>
【スゴイ人】<br>
<br>
はそれだけで大よそヒーローの要素を持っています。<br>
<br>
もちろん何がスゴイかにもよりますけど（笑）<br>
<br>
<br>
その他、詳しいことは参考ページを読んでみて下さいませ。<br>
<br>
なぜヒーローなんて概念が必要なのか。<br>
<br>
なぜ今の世の中にヒーローが必要なのか。<br>
<br>
読めば分かります。<br>
<br>
<br>
【参考ページ】<br>
<br>
<font size="4"><a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65287629.html" target="_blank">理性的権威とヒーロー</a></font><br>
<br>
<font size="4"><a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65287601.html" target="_blank">「われわれ」は一体何者なのか</a></font><br>
<br>
<center><a href="http://pesu.livedoor.biz"><strong>【ペス.ＣＯＭ】</strong>トップへ</a>]]> 
</content>
<author>
<name>pesu1028</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>相対主義とは（単語帳）</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304691.html" />
<modified>2009-09-16T04:22:41Z</modified> 
<issued>2009-09-16T11:41:57+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65304691</id> 
<summary type="text/plain">
相対主義とは

みんなの価値観や文化や特徴はバラバラなんだから
どれが一番とか決めるんじゃなくて、それぞれの
価値を認めて、互いに尊重し合おうじゃないか

という考え方のことです。

もっとシンプルに言えば

ナンバーワンよりオンリーワンがいいよねー
...</summary> 
<dc:subject>単語帳</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304691.html">
<![CDATA[<br><br>
相対主義とは<br>
<strong><br>
みんなの価値観や文化や特徴はバラバラなんだから<br>
どれが一番とか決めるんじゃなくて、それぞれの<br>
価値を認めて、互いに尊重し合おうじゃないか<br>
</strong><br>
という考え方のことです。<br>
<br>
もっとシンプルに言えば<br>
<strong><br>
ナンバーワンよりオンリーワンがいいよねー<br>
</strong><br>
という感じ。<br>
<br>
典型的な例としては「駆けっこでみんな手を繋いでゴール」<br>
みたいな価値観を指します。<br>
<br>
ただ、、一人一人の価値を尊重し過ぎて（？）お互いが<br>
無関心になってしまっているのも相対主義の特徴です。<br>
<br>
これは相対主義の負の側面と言ってもいいかもしれません。<br>
<br>
「アナタはアナタで自由にしてていいよ」<br>
<br>
これだけを読めば相手を尊重しているように見えますが、<br>
<br>
「ただし、オレの邪魔だけはしないでね」<br>
<br>
という文章を足せば、「オレ」は「アナタ」に<br>
無干渉である代わりに無関心でもあるということが<br>
分かるワケです。<br>
<br>
関心があるなら「オレが変なことしたら注意してね」とか<br>
「アナタが怪我しないようにちゃんと見てるから」とか<br>
なんとでも言えるはずですから。<br>
<br>
つまり、上は<br>
<br>
「アナタの勝手にしなよ、オレも勝手にするから」<br>
<br>
と言ってるのと一緒なんですね。<br>
<br>
まるで冷め切った夫婦みたいでしょ？<br>
<br>
でもそれと同じなんですよ、実際。<br>
<br>
結局、お互いがお互いの関係に冷めている状態が<br>
相対主義の負の側面なのです。<br>
<br>
<br>
善くも悪くも現代を生きるわれわれの価値観は<br>
この相対主義で覆いつくされています。<br>
<br>
核家族の増加。<br>
<br>
近所付き合いの減少。<br>
<br>
自分勝手な人間の増加。<br>
<br>
自殺者や精神病や統合失調症患者の増加。<br>
<br>
これらは全て相対主義の負の側面を<br>
克明に表している現象です。<br>
<br>
具体的な説明は参考ページを読んでもらえば<br>
分かると思いますので、ここでは割愛。<br>
<br>
ただ【相対主義】はこのブログの頻出（重要）単語なので、<br>
是非とも意味は覚えておいて下さいませ。<br>
<br>
<br>
【参考ページ】<br>
<br>
<font size="4"><a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65282602.html" target="_blank">歴史的地平で読み解く相対主義</a></font><br>
<br>
<font size="4"><a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65284191.html" target="_blank">民主主義国家の末路</a></font><br>
<br>
<font size="4"><a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65287601.html" target="_blank">「われわれ」は一体何者なのか</a></font><br>
<br>
<center><a href="http://pesu.livedoor.biz"><strong>【ペス.ＣＯＭ】</strong>トップへ</a>]]> 
</content>
<author>
<name>pesu1028</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>常識の崩壊</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65296530.html" />
<modified>2009-09-16T03:37:08Z</modified> 
<issued>2009-09-10T06:29:57+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65296530</id> 
<summary type="text/plain">
どーも、ペスです。

前回の【目標（やりたいこと）を見つける方法】はどうでした？

ってかやってないでしょ？（笑）

まあ別にいいんですけど（笑）

あれを読んで実際にやる人は1000人に１人もいないと思いますが、
もしちゃんとやって目標らしきものが見つか...</summary> 
<dc:subject>社会</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65296530.html">
<![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65299189.html" target="_blank">前回の【目標（やりたいこと）を見つける方法】</a>はどうでした？<br>
<br>
ってかやってないでしょ？（笑）<br>
<br>
まあ別にいいんですけど（笑）<br>
<br>
あれを読んで実際にやる人は1000人に１人もいないと思いますが、<br>
もしちゃんとやって目標らしきものが見つかったという場合は<br>
僕までご一報下さい。<br>
<br>
素晴らしく行動力のあるあなたには、特別に次のステップを<br>
お教えしますので。<br>
<br>
<br>
あ、そうそう。<br>
<br>
いきなり話は変わりますが、最近なにかと話題の<br>
Twitterなるものに登録してみました。<br>
<br>
まだまだ全然使いこなせてなくて<br>
あんまり意味も分かってないんですが、<br>
もし興味があれば僕を探してみて下さい。<br>
<br>
何かしら面白いことがあるかもしれません。<br>
（ブログの更新なんかはお知らせしてます）<br>
<br>
【pesu1028】で検索すれば見つかるかも。<br>
<br>
さて、そんなどーでもいい話はこの辺にして、<br>
さっさと本題に入るとしましょう。<br>
<br>
<br>
えー、今回は【常識】にスポットを当ててみることにしました。<br>
<br>
常識と言えば、<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65299189.html" target="_blank">前回の記事</a>で【共同体の常識】というキーワードが<br>
出てきましたね。<br>
<br>
われわれは普段、無意識に「誰か」が決めたレールに沿って<br>
生きている。<br>
<br>
そのレールは日本の常識だったり、会社の常識だったり、<br>
家族の常識だったり・・・<br>
<br>
それらをまとめて僕は【共同体の常識】という風に<br>
表現したワケですが、じゃあ<br>
<br>
「現代における共同体の常識ってどうなってんの？」<br>
<br>
ということを今回は掘り下げていこうかと思ってます。<br>
<br>
抽象的で理解の難しい話になってしまいますが、<br>
出来る限り平易な表現を心がけるのでご勘弁を（笑）<br>
<br>
<br>
んじゃまずは常識の定義の確認からです。<br>
<br>
【常識】の定義って何ですか？と質問されたら<br>
あなたなら何と答えますか？<br>
<br>
知っていなければならないこと。<br>
<br>
生活するために最低限必要な知識みたいなもの。<br>
<br>
誰もが当たり前にすること。<br>
<br>
ザックリ表現すればこんな感じですかね、多分。<br>
<br>
んじゃあ、ちょっとここで頭の体操ならぬ、<br>
頭のトレーニングをしてみましょう（どう違うんだ・笑）<br>
<br>
上に挙げた３つの常識の定義。<br>
<br>
これらは完全に僕の思いつきで書いただけなんですが、<br>
この３つには実は共通点があります。<br>
<br>
さて、その共通点とは何でしょうか。<br>
<br>
ヒントは・・・ありません（笑）<br>
<br>
これは帰納的思考力を鍛えるためのトレーニングです。<br>
<br>
帰納というのは、与えられた情報から何らかの法則や<br>
共通項などを見つけ出す作業（？）だと思って下さい。<br>
<br>
この作業を常日頃トレーニングしていると、<br>
普通の人には見えない世の中の普遍的な法則や<br>
共通点が見えるようになってきます。<br>
<br>
電車に乗っている人は何を求めているのか。<br>
<br>
サラリーマンは何にお金をかけているのか。<br>
<br>
そーゆーことが見えてくるようになるので、<br>
何かしらビジネスをやろうと思っている人は<br>
特にやっておいた方がいいかもしれません。<br>
<br>
ちなみに、逆に法則や共通項を具体的に当てはめていく作業を<br>
演繹と言います。<br>
<br>
哲学書とか難しい学術書なんかにはよく出てくる言葉なんで<br>
意味を覚えておくと多少読みやすくなるかもしれません。<br>
<br>
まあそれはいいか。<br>
<br>
<br>
そろそろ答え出ました？<br>
<br>
じゃあ答え合わせをします。<br>
<br>
答えは、<br>
<br>
【誰もが持ってて（知ってて）当然という前提があること】<br>
<br>
です。<br>
<br>
「知ってなければならないこと」というのは<br>
裏を返せば「知らないのはヤバイ」という意味ですよね。<br>
<br>
「生活するために最低限必要な・・・」というのも<br>
裏を返せば「それが無かったら生活できない」という<br>
意味になります。<br>
<br>
「誰もが当たり前にすること」は裏を返すまでもなく<br>
「みんなが無意識にやってること」という意味ですね。<br>
<br>
つまり常識は、誰もが持ってて当然と思われているもの、<br>
ということになるワケです。<br>
<br>
まあここまでは別に大した話じゃありません。<br>
<br>
自明なことをトレーニングを交えつつ確認しただけですから。<br>
<br>
問題はここから。<br>
<br>
<br>
じゃあ<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304691.html" target="_blank">相対主義</a>の世界では【常識】はどうなってしまうのか。<br>
<br>
<br>
軽く結論を言ってしまうと、常識の定義自体は変わりません。<br>
<br>
定義ではなく、常識の【在り方】が変わります。<br>
<br>
相対主義のことを久々に思い出して欲しいんですが、<br>
相対主義を生きるわれわれの特徴は一言で言えば<br>
<br>
【バラバラ】<br>
<br>
でしたね。<br>
<br>
従うべき一つの絶対的な基準が存在しないから<br>
みんな好き勝手やって生きている。<br>
<br>
アイツはアイツ、オレはオレ。<br>
<br>
アイツがどう思うかは知らないけど、<br>
オレはオレでやりたいことやるからほっといて。<br>
<br>
これが相対主義の主な特徴でした。<br>
<br>
ってことはですよ。<br>
<br>
相対主義の世界で万人に共通する１つの常識なんてものは<br>
存在しえるのか？という話になるワケです。<br>
<br>
みんなバラバラの価値観を持って考えたり動いたりしてるのに、<br>
常識だけが統一されていることなんて有り得るのか、と。<br>
<br>
有り得ないですよね？<br>
<br>
だって相対主義ではみんな<br>
<br>
「自分の持ってる常識こそが常識なんだ！」<br>
<br>
って思ってしまうんだから。<br>
<br>
要するに<br>
<strong><br>
相対主義における常識というのは、共同体の中の<br>
誰もに共通した１つの常識ではなく、個人個人が<br>
バラバラに持っている【自分勝手な】常識に過ぎない、<br>
</strong><br>
ということなのです。<br>
<br>
こんなのはもう常識じゃないですよね？<br>
<br>
常識という名の個人主義というか何というか。<br>
<br>
「オレが基準だ」的な常識観になってしまっている。<br>
<br>
他人に対して自分の常識を押し付けるワケではないので<br>
そこまでは言い過ぎかもしれませんが、それでもやっぱり<br>
従来の常識とはかけ離れた意味になってますよね。<br>
<br>
のび太がぶつかって謝らないのはムカつくけど、<br>
オレ（ジャイアン）がぶつかって謝らないのは<br>
何も問題ない、みたいな。<br>
<br>
これは僕の偏見かもしれませんが、電車の中や街中の風景を<br>
見ているとそんな風に感じることは多いです。<br>
<br>
<br>
で。<br>
<br>
また<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65299189.html" target="_blank">前回の話</a>に戻ります。<br>
<br>
前回の【共同体の常識】という言葉が出た辺りを<br>
読み返してみて欲しいんですが、その辺に<br>
<strong><br>
われわれには共同体の常識があるから、自分の目標が<br>
明確じゃなくても虚無感に襲われずに毎日をそれなりに<br>
生きることが出来るんだ<br>
</strong><br>
という感じの文章があると思います。<br>
<br>
コレ。<br>
<br>
逆に言えば、共同体の常識がなければ虚無感に襲われる、<br>
ってことですよね。<br>
<br>
ということは、現在社会問題になっている自殺者の増加と<br>
相対主義の関係が見えてきませんか？<br>
<br>
社会の大きな目標であったはずの共同体の常識が崩壊した結果、<br>
多くの人が目標を見失い、虚無感に襲われ、<br>
その精神的苦痛を避けるためにみんな自殺していく・・・。<br>
<br>
これが正しいかどうかは分かりませんが、<br>
僕にはそういう構図が見えます。<br>
<br>
<br>
さっきも言ったように、<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304691.html" target="_blank">相対主義</a>でも常識自体は存在します。<br>
<br>
ただ、その常識は共同体の常識ではなく、何の基準にも<br>
支えにも成り得ない「ヤワ」で自分勝手な常識に過ぎません。<br>
<br>
より分かり易く言えば、それは<br>
<font color="red"><br>
もたれかかることの出来ない常識であり、目標<br>
</font><br>
なのです。<br>
<br>
なぜなら、そこには【文化】という大事な大黒柱が<br>
抜け落ちてしまっている。<br>
<br>
もう分かると思いますが、共同体の常識というのは<br>
【文化】と同じ意味なんですね。<br>
<br>
われわれが【日本文化】という言葉を口にするとき、<br>
それは【日本（という共同体）における常識】を<br>
意味します。<br>
<br>
もちろん文化という言葉にはもっと広い意味もありますが、<br>
それはまた別の話。<br>
<br>
今ここで言う【文化】とは上のような意味です。<br>
<br>
その文化が今、無くなろうとしているのです。<br>
<br>
<br>
近所付き合い？そんなの面倒だし。<br>
<br>
年賀状？別にメールでいいじゃん。<br>
<br>
お中元？お互いにやめればお金もかからないし、楽じゃん。<br>
<br>
・・・。<br>
<br>
こんな声がどこからともなく僕の耳には聞こえてきます。<br>
<br>
これまで常識だったそれらの文化が軽視され、<br>
最新鋭のITの方が重要視される時代。<br>
<br>
そんな時代が現代です。<br>
<br>
こんなことを偉そうに書いてる僕も、こうやって<br>
ネット上でブログを書き、メールを送っているワケですから<br>
その影響から脱することは出来ていません。<br>
<br>
でも、大事なのはそれに【気付いている】ことだと<br>
思うんですね。<br>
<br>
これは自分を正当化してるんじゃなくて、<br>
【今の時代に迎合しないために】という意味で。<br>
<br>
時代は【気付いていること】が大事なのであって、<br>
流れに【乗らないこと】が大事なワケではありません。<br>
<br>
というか流れには乗らないといけない。<br>
<br>
だってそれがその時代のルールですから。<br>
<br>
ただ僕が言いたいのは、その流れに乗りつつも<br>
「自分を見失ってはいけない」ということなのです。<br>
<br>
「みんなバラバラだから自分もバラバラでいいや」ではなく、<br>
そんな状況を見つつ自分もバラバラのような振りをして<br>
一歩高い視点で全体を見渡しておく。<br>
<br>
この視点がないから、いつの時代も多くの人は<br>
メディアに踊らされてしまうワケです。<br>
<br>
要するに、現状が普通だと思わないで欲しいのです。<br>
<br>
むしろ今は【異常】だと思って欲しい。<br>
（正確に言えば、常に「今」を疑って欲しい）<br>
<br>
何を以って異常とするのかは人によると思いますが、<br>
僕はほとんど何もかもがオカシイと思っています。<br>
<br>
そもそも【常識がバラバラ】という時点で、<br>
根本的なところからズレてますから。<br>
<br>
ただ今は、それにいきなり反発するんじゃなくて<br>
様子を伺っておいてほしいんですね。<br>
<br>
大事なのは上に書いたように【気付いている】ことなんで。<br>
<br>
いろんなニュースを見ながら<br>
<br>
「あぁ、相対主義なんだなー・・・」<br>
<br>
と感じ取っておいて下さいませ。<br>
<br>
<br>
さてさて。<br>
<br>
なんか今回の記事は取りとめのない感じで<br>
進めてきちゃいましたが、意味は伝わったでしょうか？<br>
<br>
念のためにザックリまとめておきますね。<br>
<font color="red"><br>
相対主義の影響によって共同体の常識は崩壊し、<br>
個人が自分勝手な常識を持つようになった。<br>
<br>
しかし、文化（共同体の常識）を無視して個人が作り上げた常識は<br>
自分さえ支えられないほどに脆かった。<br>
<br>
その結果、人は自分で自分を追いやることになり、<br>
今や自身をも崩壊させてしまっている。<br>
<br>
<br>
文化の無い人間とは、大黒柱の無い家である。<br>
<br>
どれだけ外見を立派に見繕っていても<br>
軽い地震があっただけですぐに崩れ落ちる。<br>
<br>
見た目や「安さ」にこだわるのもいいが、本当に大事なのは<br>
いざという時に自分を支えてくれる大黒柱ではないだろうか。<br>
</font><br>
こんな感じ。<br>
<br>
こんなにスッキリまとまるんなら、最初から<br>
これだけ書いときゃよかった（笑）<br>
<br>
まあそれはともかく。<br>
<br>
今回の記事は今までの記事の「総まとめ」的な<br>
意味合いが強いので、これを機会に今一度<br>
以前の記事を読み直してもらえれば新たな発見があったり、<br>
より深く理解できる部分があったり、何かと気付くことが<br>
あると思います。<br>
<br>
ってかそうなるように書いてるので<br>
出来れば復習して欲しいと願う今日この頃。<br>
<br>
よろしくです。<br>
<br>
ではでは。<br>
<br>
ありがとうございました。<br>
<br>
<br>
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</content>
<author>
<name>pesu1028</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>目標（やりたいこと）を見つける方法</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65299189.html" />
<modified>2009-09-04T05:08:21Z</modified> 
<issued>2009-09-03T05:15:50+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65299189</id> 
<summary type="text/plain">
どーも、ペスです。

珍しく今回は分かりやすいタイトルをつけてみました。

読んで字のごとく、そのまんま。

前回の記事では目標を持つことがいかに大事なのかを
必要性という観点から解説しましたが、今回は

「なぜ目標を持たなければならないのか」

という疑問を前回...</summary> 
<dc:subject>学校・教育</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65299189.html">
<![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
珍しく今回は分かりやすいタイトルをつけてみました。<br>
<br>
読んで字のごとく、そのまんま。<br>
<br>
前回の記事では目標を持つことがいかに大事なのかを<br>
必要性という観点から解説しましたが、今回は<br>
<br>
「なぜ目標を持たなければならないのか」<br>
<br>
という疑問を前回とは別の側面から解説し、尚且つ、<br>
ペス流の目標を見つける具体的な方法も紹介します。<br>
<br>
もし何かしら今の自分にモヤモヤした悩みがあるなら、<br>
今回の記事は結構役に立つかもしれません。<br>
<br>
んじゃ本題へ入ります。<br>
<br>
<br>
【なぜ目標を持たなければならないのか】<br>
<br>
前回はこの答えを「時間をムダにしないため」という<br>
位置づけで解説しました。<br>
<br>
目標がないからみんな毎日毎日貴重な人生を<br>
下らないことに浪費してしまうんだ、と。<br>
<br>
そんな話でしたね。<br>
<br>
ではでは、前回の記事を思い出したついでに<br>
<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65287601.html" target="_blank">「われわれ」は一体何者なのか</a>という記事も<br>
思い出して下さい。<br>
<br>
この記事で僕は<br>
<font color="red"><br>
人間の意志には目標が必要だ。しかし、その意志は、<br>
何も目標が与えられないなら、むしろ虚無を欲する。<br>
</font><br>
というニーチェの言葉を引用しました。<br>
<br>
ここに【目標】という言葉が使われていることに<br>
注目して欲しいのですが、この言葉を現代社会に<br>
当てはめるとどうなると思います？<br>
<br>
僕はこの言葉を「目標がないヤツは死にたくなる」みたな感じで<br>
解説をしましたが、その解説だと<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65294839.html" target="_blank">前回の記事</a>で言った<br>
「現代人のほとんどは目標を持っていない」という前提を<br>
踏まえると意味が矛盾しちゃうんですよ。<br>
<br>
要するにこーゆーことです。<br>
<br>
現代人のほとんどは目標を持っていない。<br>
<br>
ということは、ニーチェの言葉を鵜呑みにすると<br>
ほとんどの現代人が死にたくなってるはずなのに<br>
自殺者はそこまで多はくない。<br>
<br>
まあ多く見積もってもせいぜい数万人程度。<br>
<br>
これを「現代人のほとんど」と呼ぶにはやや忍びないですよね。<br>
<br>
かと言って、みんな死にたいのを我慢しながら<br>
生きてるのかというと多分そうではない。<br>
<br>
なぜなのか？<br>
<br>
それは、みんな【エセ目標】を持っているからです。<br>
<br>
ニーチェのもう１つの言葉を覚えていますか？<br>
<br>
彼は<br>
<font color="red"><br>
自分に命令する力の無い者ほど、自分を命令する者を求める<br>
</font><br>
とも言ってます。<br>
<br>
つまり、まとめると、<br>
<strong><br>
人は目標を失うと死にたくなってしまうから<br>
そうならないために（自己防衛本能として）<br>
自分に命令する力のない者は自分に命令する者を求める<br>
</strong><br>
ということなのです。<br>
<br>
<br>
じゃあ、みんなが持っている「エセ目標」とは<br>
誰が与えたものなのか。<br>
<br>
それは時と場合によって異なります。<br>
<br>
小さい頃は親。<br>
<br>
「ピアノの練習をしなさい」「勉強しなさい」・・・。<br>
<br>
その内容の善し悪しはともかく、自分で目標を<br>
見つける能力のない時期はわれわれは親が立てた目標に<br>
従うしかありません。<br>
<br>
学校に入れば学校での目標も加わります。<br>
<br>
「テストでいい点を取る」「受験に受かる」というのも<br>
学校での目標の１つです。<br>
<br>
そして就職したら会社の目標が自分の目標になります。<br>
<br>
会社が「年商100億を目指す」と言えば、それが自分の目標。<br>
<br>
要は、自分で目標を立てない限り、<br>
誰かが敷いたレール（<strong>共同体の常識</strong>）に沿って<br>
生きていくしかない、ってことです。<br>
<br>
逆に言えば、そのレールがあるからこそ、ほとんどの人は<br>
死にたくなるほどの虚無感に襲われることなく、それなりに<br>
生きることが出来るのです。<br>
<br>
ですが、他人のレールに沿って生きるなんて、<br>
【生きてる】って言えるの？と僕は思うんですね。<br>
<br>
それって【死んでないだけ】なんじゃないの？と。<br>
<br>
僕は「生きる」ってことは自分が主体的に何かを<br>
成し遂げていくことだと思うんです。<br>
<br>
オルテガじゃないですが、１つの使命に自分の命を<br>
賭けることが「生きる」ってことなんじゃないか、って。<br>
<br>
もちろん人それぞれ考え方は違いますし、<br>
戦争を体験した方なんかは<br>
<br>
「生きてるだけで幸せなんだ」<br>
<br>
とおっしゃるかもしれません。<br>
<br>
ユダヤ人迫害を逃れたエマニュエル・レヴィナスって哲学者も<br>
そんなこと言ってますし。<br>
<br>
そう心から思えるなら、それでいいと思うんです。<br>
<br>
ただ、そんな局面を体験していない僕ら世代が<br>
「生きてるだけで幸せ」と思うのは現実的には<br>
かなり難しい。<br>
<br>
だからこそ、そんな僕らが幸せを感じるためには<br>
【自らが立てた目標】を自ら成し遂げていくことが<br>
必要だと思うワケです。<br>
<br>
<br>
というワケで、ここからは目標を見つける方法を紹介します。<br>
<br>
この記事を書く前に本やらネットやらをいろいろ調べて<br>
みたんですが、どうもどれもシックリこないんですよね。<br>
<br>
方法的には悪くはないんだけど・・・みたいな。<br>
<br>
「１年以内にやりたいことを書き出せ」とか<br>
「１億円あったらやりたいことを書き出せ」とか<br>
「自分史を書いてみたらいいかもよ」とか<br>
それ自体は確かに有効なんだけど、それをやっただけで<br>
目標が見つかるかというと、ちょっと「？」。<br>
<br>
もちろんそれだけで見つかる人もいるとは思います。<br>
<br>
思いますが、やっぱり出来ることならもっと確率を上げて、<br>
より多くの人に結果を出して欲しいなー、と。<br>
<br>
そう思い、元々知っていた方法を自分の体験などを踏まえて<br>
新たに再構築し直したものが今回紹介する方法です。<br>
<br>
自分で言うのも何ですが、敢えて言っちゃいます。<br>
<strong><br>
これで結果が出ないなんて有り得ません<br>
</strong><br>
それぐらい自信があります。<br>
<br>
ただし。<br>
<br>
これは「ちゃんとやれば」の話。<br>
<br>
作業自体は非常にシンプルなので【出来ない】ということは<br>
ないと思いますが、全く楽ではないので【やらない】ということは<br>
大いにあり得ます。<br>
<br>
僕には【やらない】人に結果を出させることは出来ません。<br>
<br>
当たり前ですが、ここから先はそれを分かった上で<br>
読んで下さいね。<br>
<br>
<br>
では具体的な作業の話に入りましょう。<br>
<br>
この方法では主にブレインダンプとマインドマップを使って<br>
作業を行なってもらいます。<br>
<br>
やり方はいたってシンプルです。<br>
<br>
<br>
１．ブレインダンプ<br>
<br>
これは頭の中にあるものを全て書き出す作業です。<br>
<br>
【やりたいこと】と【やりたくないこと】を<br>
各々最低でも200個以上出して下さい。<br>
（できれば【やりたいこと】は250個以上）<br>
<br>
つまり全部で400個以上。<br>
<br>
それより上なら何個出しても構いません。<br>
<br>
ってか出せる限り全部出して下さい。<br>
<br>
多分慣れてないと「やりたいこと」を出すだけで<br>
１日終っちゃうと思うので、目処は２日以内。<br>
<br>
僕も最初は８時間で100個ぐらいしか出せなかったので、<br>
そーゆーもんだと思って頑張って下さい（笑）<br>
<br>
慣れれば６時間で200個ぐらいは出せるようになります。<br>
<br>
一応簡単なヒントを出しておきましょう。<br>
<br>
「100万円あったら何がやりたいか」<br>
「１億円あったら何がやりたいか」<br>
「王様になったら何がやりたいか」<br>
「どんなことでも出来る能力があれば何がやりたいか」<br>
「１年後に死ぬとしたら何がやりたいか」<br>
「法律がなかったら何がやりたいか」<br>
「未来・過去に行けるなら何がやりたいか」<br>
<br>
これらを考えていけば多分100個ぐらいはすぐです。<br>
<br>
一応例も出しておきましょうか。<br>
<br>
お金持ちになりたい、モテたい、賢くなりたい、<br>
不完全性定理を理解したい、金髪にしたい、<br>
ヴィトンのバッグが欲しい、世界遺産巡りをしたい、<br>
会社を作りたい、社長になりたい・・・。<br>
<br>
こんな感じ。<br>
<br>
抽象度や内容の善悪は無視して、内容が被っていようが<br>
卑猥なことだろうが全部書いて下さい。<br>
<br>
人に見せるものじゃないので、公言出来ないような<br>
非道徳なことも書いて大丈夫です（笑）<br>
<br>
「やりたくないこと」はこの逆。<br>
<br>
「100万円借金してもやりたくないこと」<br>
「奴隷になってもやりたくないこと」<br>
「死んでもやりたくないこと」などなど。<br>
<br>
例を出すなら<br>
<br>
便所掃除はしたくない、営業はしたくない、<br>
人に頭は下げたくない、理不尽なことはしたくない、<br>
下らないことはしたくない、お金を使うことはしたくない、<br>
悪いことはしたくない、人に従いたくない、<br>
愛する人を悲しませたくない・・・。<br>
<br>
こんなもんかな。<br>
<br>
このブレインダンプの作業が一番キツイと思いますが、<br>
ここで頭の中を空っぽにしておかないと後々の作業が<br>
無意味になってしまうので、是非とも手を抜かずに<br>
やって下さいね。<br>
<br>
<br>
２．マインドマップ<br>
<br>
これは有名なので知ってると思いますが、<br>
トニー・ブザンって人が考えた思考ツールのことです。<br>
<br>
これもやることはシンプル。<br>
<br>
<a href="http://itpro.nikkeibp.co.jp/js/2006/popup.shtml?i=http%3A//itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070625/275756/zu01.jpg&c=%u56F31%u25CF%u30DE%u30A4%u30F3%u30C9%u30DE%u30C3%u30D7%u306E%u4F8B%uFF08%u30D7%u30ED%u30B8%u30A7%u30AF%u30C8%u306E%u30AF%u30EA%u30B9%u30DE%u30B9%u4F01%u753B%uFF09" target="_blank">こんな感じ</a>でブレインダンプで出てきたものを<br>
全部まとめていくだけです。<br>
<br>
まとめ方には特にルールはありません。<br>
<br>
「趣味」とか「勉強」とか「娯楽」とかそんな感じの<br>
カテゴリーでまとめていってもいいですし、<br>
「行動」とか「能力」とかでも構いません。<br>
<br>
とにかく何かしら自分の見やすい形で<br>
まとまっていることが大事なので、<br>
自分が分かるようにやってくれれば大丈夫です。<br>
<br>
何をやればいいのかが全く分からない場合は<br>
トニー・ブザン氏の本を買って読んで下さい。<br>
<br>
なんなら立ち読みでも大丈夫です（笑）<br>
<br>
それぐらいで分かると思いますから。<br>
<br>
ホントはホワイトボードか何かを使って目の前で<br>
説明してあげられれば一番いいんですが、さすがに<br>
動画を用意するには時間的にも環境的にも無理があるので<br>
何か不明なことがあればメールなどで質問して下さいませ。<br>
<br>
<br>
３．「問いかけ」そして「回想＆妄想」<br>
<br>
ここではマインドマップを眺めながら「問いかけ」と<br>
「回想＆妄想」を行います。<br>
<br>
まずは「問いかけ」。<br>
<br>
マインドマップに書いてある【やりたいこと】<br>
【やりたくないこと】に対して「なぜ？」と<br>
問い続けて下さい。<br>
<br>
なぜお金持ちになりたいのか。<br>
<br>
なぜ賢くなりたいのか。<br>
<br>
なぜ営業をしたくないのか。<br>
<br>
なぜ人に従いたくないのか。<br>
<br>
これらを行うことで、書き出したマインドマップが<br>
頭の中で繋がっていきます。<br>
<br>
「お金持ちになりたいのは世界遺産を巡りたいから」とか<br>
「賢くなりたいのは不完全性定理を理解したいから」という風に<br>
各項の繋がり明確になってくるように「なぜ？」を<br>
続けてください。<br>
<br>
これをやってると、一見バラバラに見えていた各項が<br>
実はほとんどが繋がっていたんだ、ということに<br>
気付くと思います。<br>
<br>
どれぐらいやればいいのか、という基準は特にありませんが、<br>
目標が明確に見えるまではマインドマップを眺めながら<br>
毎日モヤモヤさせといてもらえればいいかと。<br>
<br>
ポイントはモヤモヤさせておくことです（笑）<br>
<br>
ガチガチに考えると逆効果ですから、<br>
リラックスしてボヤーっと考えて下さいね。<br>
<br>
で、これをやりつつ「回想＆妄想」も同時にやります。<br>
<br>
これは過去の出来事、中でも特に強く印象に残っていることを<br>
回想して下さい。<br>
<br>
部活でもいいし、バイトでもいいし、学校行事でもいいし、<br>
会社での企画でもいいし、とにかく強く印象に残っていて<br>
尚且つ楽しかったことを出来るだけ思い出すようにしましょう。<br>
<br>
妄想の方は特に言うことはありませんけど、<br>
自分が最も望むような状態を想像してニヤニヤしといて<br>
もらえればそれで十分です（笑）<br>
<br>
もちろんこれらをやっている最中はマインドマップを<br>
眺めることをお忘れなく。<br>
<br>
<br>
これら一連の流れを真面目にこなしてもらえれば<br>
マインドマップ完成から１週間以内には<br>
何かしら自分の目標とするべきものが見つかります。<br>
<br>
「なぜこんな方法で目標が見つかるのか」というのは<br>
説明すると話が難しくなるので今は割愛させて下さい。<br>
<br>
ちなみに「本当に真剣にやったけど見つからなかった」<br>
という場合、それは純粋に【経験（体験）が足りない】<br>
ということです。<br>
<br>
今回紹介した方法はザックリ言ってしまえば<br>
【自分の中】を洗い出す作業です。<br>
<br>
なので、今回の作業では自分の中に無いものは<br>
一切出てきません。<br>
<br>
つまり。<br>
<br>
自分の中を洗い出して目標が見つからなかったということは<br>
そもそも自分が人生の目標を作り出すような経験を<br>
していなかった、ということを意味するワケです。<br>
<br>
ただ、これもある意味ので【答え】なんですね。<br>
<br>
「今の自分には目標を立てることが出来ない」<br>
という明確なことが分かったワケですから。<br>
<br>
もちろんだからと言って目標を持つことを<br>
諦めることはありません。<br>
<br>
目標が見つからなかったのは純粋に経験が足りないだけなので<br>
今からどんどん経験を積めばいいんです。<br>
<br>
今までやったことのないこと、嫌って避けていたこと、<br>
人がやらないようなこと、それらを積極的にやっていけば、<br>
やり方によってはすぐに見つかります。<br>
<br>
ま、こんなことを言っても実際に経験を増やすために<br>
行動する人なんて１％もいないと思うんで、やったもん勝ち<br>
だと思いますよ。<br>
<br>
信じる信じないはあなた次第。<br>
<br>
やるやらないはあなた次第。<br>
<br>
どうぞ、ご自由に。<br>
<br>
<br>
あ、何か質問があればいつでも送って下さいねー。<br>
<br>
ではではー。<br>
<br>
<br>
<center><a href="http://pesu.livedoor.biz"><strong>【ペス.ＣＯＭ】</strong>トップへ</a>]]> 
</content>
<author>
<name>pesu1028</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>必要性の形而上学　～なぜ人は時間を無駄にするのか～</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65294839.html" />
<modified>2009-08-27T00:03:09Z</modified> 
<issued>2009-08-27T08:52:37+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65294839</id> 
<summary type="text/plain">
どーも、ペスです。

今回からそろそろ実践的な話をしていこうかなー、と思います。

今までの話はなんていうか、

「言ってることは分かるけど、だからどうなの？」

的な内容ばっかりだったと思うんですね、正直なところ。

そーゆー抽象的な話はもちろん非常...</summary> 
<dc:subject>学校・教育</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65294839.html">
<![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
今回からそろそろ実践的な話をしていこうかなー、と思います。<br>
<br>
今までの話はなんていうか、<br>
<br>
「言ってることは分かるけど、だからどうなの？」<br>
<br>
的な内容ばっかりだったと思うんですね、正直なところ。<br>
<br>
そーゆー抽象的な話はもちろん非常に重要なんですが、<br>
今の時期、やっぱり実生活に直接役に立つような知識が<br>
求められているんじゃないか、と。<br>
<br>
色々書きながらそう感じたワケです。<br>
<br>
ヒーローとか理性的権威とか相対主義とかニーチェとか<br>
ハイデガーとかなんだかんだ言ったって、結局のところ<br>
<br>
「じゃあその知識は何の役に立つの？」<br>
<br>
というのが本音ですよね？（笑）<br>
<br>
今まで単純な知的欲求から僕のブログを読んでくれていたなら<br>
それはそれで非常に嬉しいんですが、取り敢えず抽象度の高い話は<br>
この辺にして、そろそろ今までの話が何に活きてくるのか、という<br>
実際的・実践的な話をしていこうと思います。<br>
<br>
で。<br>
<br>
今回はタイトルを読んでもらえれば分かるように<br>
【必要性】というものにちょっと注目してみます。<br>
<br>
副題に<br>
<br>
「なぜ人は時間を無駄にするのか」<br>
<br>
って書いてますが、要はそーゆーことです。<br>
<br>
もう少し突っ込んだことを言えば<br>
<br>
「なんで人は必要なもの（こと）と無駄なもの（こと）を<br>
区別できないのか」<br>
<br>
という話。<br>
<br>
ビジネスにはニーズという言葉がありますが、<br>
それよりかもうちょい本質的です。<br>
<br>
この話には、人は往々にして自分に必要なもの（こと）が<br>
何なのかが分かっていない、という前提があります。<br>
<br>
なんでそんな前提があるのか、というのは今までの僕の記事を<br>
読んでもらえれば分かると思うので省略しますが、一言で言えば<br>
<br>
【現代人のほとんどは明確な目標を持って生きていないから】<br>
<br>
ってことです。<br>
<br>
<br>
さて。<br>
<br>
あなたにとって必要なもの（こと）とは何でしょうか？<br>
<br>
急にこんなことを言われても分からないと思いますが、<br>
すぐに答えられないことそれ自体がそもそも問題だという<br>
意識を今この瞬間から持って下さい。<br>
<br>
なぜなら、これがすぐに答えられないということは、<br>
今自分のやっていることが本当に自分に必要なことなのかが<br>
分かっていない、ということだからです。<br>
<br>
極端に言えば、無駄な行動を毎日毎晩、365日繰り返している<br>
可能性があるということです。<br>
<br>
このブログを読むことは、ひょっとしたらあなたにとって<br>
無駄なことかもしれません。<br>
<br>
パソコンを触ることもあなたには無駄なことかもしれません。<br>
<br>
もちろん逆も有り得るでしょう。<br>
<br>
しかし、それが本当に必要かどうかはあなたが判断できなければ<br>
他の誰にも分からないのです。<br>
<br>
<br>
【必要】や【無駄】というのは、多くの場合、<br>
客観的なものではなく、個人に依存する主観的なものです。<br>
<br>
例えばテレビゲーム。<br>
<br>
ある人にとっては時間の浪費でしかないようなテレビゲームも<br>
別のある人にとっては商品開発のヒントを得るための大切な<br>
リサーチかもしれません。<br>
<br>
mixi。<br>
<br>
ある人にとってはmixiはただの暇つぶしかもしれませんが、<br>
別のある人にとっては仕事の依頼を得るための大事な<br>
ツールかもしれません。<br>
<br>
２ちゃんねる。<br>
<br>
ある人にとっては歪んだ人間の溜まり場にしか<br>
見えないかもしれませんが、別のある人にとっては<br>
人の本音を探るための重要な情報源かもしれません。<br>
<br>
ブランド品（シャネル、グッチ、ルイヴィトンetc）。<br>
<br>
ある人にとってはただ高いだけの商品かもしれませんが、<br>
別のある人にとっては自己意識を向上させるための<br>
大事な道具かもしれません。<br>
<br>
１日中、家でゴロゴロ。<br>
<br>
ある人にとっては人生の無駄遣い以外の<br>
何ものでもないかもしれませんが、別のある人にとっては<br>
重要なデータを集めるための実験かもしれません。<br>
<br>
例を挙げればいくらでも出てきますが、<br>
まあこんなもんで十分でしょう。<br>
<br>
つまり、目的によって【必要】【無駄】という判断基準（区別）が<br>
変化するということです。<br>
<br>
<br>
何を目的にするかは基本的には個人の自由だと思います。<br>
<br>
「暇をつぶす」ということが目的なら<br>
だらだらテレビゲームやったり、ぼーっとmixiを<br>
眺めたり、家でゴロゴロしているのもアリでしょう。<br>
<br>
ですが、もっと根本的なことを考えてみて下さい。<br>
<br>
なんであなたは【暇】なのか。<br>
<br>
することがない（決まってない）からですよね。<br>
<br>
じゃあなんですることがないのか。<br>
<br>
目標がないからです。<br>
<br>
目標があれば、それに向かってやるべきことが<br>
必ずありますから。<br>
<br>
目標というのは「夢」とか「やりたいこと」と<br>
言い換えてもいいかもしれません。<br>
<br>
「弁護士になりたい」「お金持ちになりたい」<br>
「ビッグになりたい」「自分の学校を作りたい」<br>
「日本を変えたい」などなど。<br>
<br>
しかし、目標は「あればいい」というレベルのものでは<br>
ありません。<br>
<br>
そこを勘違いしないで欲しいんですね。<br>
<br>
よく、目標を持ちましょう、みたいなことが漠然と<br>
語られますが、上記みたいに「弁護士になりたい」<br>
とか思ってるだけじゃ意味ないんですよ。<br>
<br>
だってそれじゃあ「宇宙飛行士になりたい」と言っている<br>
小学生と一緒で、弁護士にはなれませんから。<br>
<br>
確かに目標を持つことは重要です。<br>
<br>
重要なんですが、本当の意味で重要になるには、<br>
「いつまで」「どんな」弁護士になりたいのか、などを<br>
目的に沿って具体化する作業が完了してからになります。<br>
<br>
例えば「弁護士になりたい」という目標があったとしても<br>
10年後になりたいのか5年後になりたいのか、それによって<br>
【今必要なもの】が変わります。<br>
<br>
10年後でいいなら大学でじっくり勉強するのもアリかも<br>
しれませんが、家庭の事情や年齢的な事情で5年後や3年後までに<br>
なんとかしないといけなかったとしたら、そんな悠長なことは<br>
言ってられませんよね。<br>
<br>
今すぐにでも参考書買いまくって、１日15時間とか<br>
勉強しないといけない可能性があるワケです。<br>
<br>
また、どんな弁護士になりたいのか、というのでも<br>
【必要なもの】は変わります。<br>
<br>
テキトーな弁護士でいいなら、司法試験の勉強だけ<br>
やってりゃいいかもしれませんが、無敗の弁護士に<br>
なりたい、とかいう場合にはもっと他にやるべきことが<br>
あるはずです。<br>
<br>
もっと言えば、弁護士になって何がしたいのか、というのも<br>
【必要なもの】に影響します。<br>
<br>
冤罪を無くしたい、社会的弱者を救いたい、というのであれば、<br>
一般業務とは別にそういった勉強をする必要があるでしょう。<br>
<br>
つまり<br>
<strong><br>
目標は目的と融合し、尚且つ、具体化されてこそ意味を持つ<br>
</strong><br>
ということなんですよ。<br>
<br>
ここまでやって、やっと人は【必要】と【無駄】が<br>
区別できるようになるのです。<br>
<br>
<br>
こうやって見てみると、世の中のほとんどの人が<br>
時間を浪費していることに気付くと思います。<br>
<br>
そりゃたまには休むことも必要でしょうから<br>
一時的にはゲームをしたり、ダラダラするのも<br>
アリでしょう。<br>
<br>
ただ僕が思うのは「みんな休憩し過ぎ」（苦笑）<br>
<br>
目標も立ってないうちから休憩しててどうすんの、と。<br>
<br>
それこそ前回書いた【不安を自覚してない】ってことです。<br>
<br>
日々人生は浪費されているのに、それを不安にさえ思わず、<br>
ただただ毎日をその日暮らしで過ごすだけ。<br>
<br>
明日のことさえ考えず「今日は楽しかったなー」で終わり。<br>
<br>
そんな下らない人生でいいなら僕は止めませんけど、<br>
今この瞬間に僕のブログを読んでるってことは<br>
多分そんな風には思ってないと思うんですね。<br>
<br>
だからそんなあなたにこの言葉を送ります（笑）<br>
<font color="red"><br>
あたかも一万年生きるかのように行動するな。<br>
不可避のものが君の上にかかっている。<br>
生きてるうちに、許されているうちに、善き人たれ。<br>
</font><br>
ローマ帝国の皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス<br>
って人が残した言葉です。<br>
<br>
意味は分かると思います。<br>
<br>
彼の残した【自省録】は僕にとって聖書的な地位を占めていますが、<br>
この言葉も読み返す度、我に返ります。<br>
<br>
あぁ、そういえば忘れかけてたなー、って。<br>
<br>
特にわれわれ日本人はある意味最も【死】から遠い世界で<br>
生活しているせいもあってか「いつ死ぬか分からない」<br>
という当たり前のことを忘れがちです。<br>
<br>
仮に言葉では言えたとしても、そこに実感が伴わない。<br>
<br>
だから誰もが目標を持たず、毎日ダラダラと生活できて<br>
しまうワケです。<br>
<br>
<br>
幸いにして僕らには<br>
<strong><br>
「明日赤紙が送られてくるかもしれない」<br>
</strong><br>
なんていう不安はどこにもありません。<br>
<br>
しかし約70年前の今頃。<br>
<br>
それは僕と同年代であれば誰もが当たり前に抱く不安でした。<br>
<br>
当時の人からすれば赤紙が死神からの手紙と<br>
同じ意味を持っただろうことは容易に想像できます。<br>
<br>
そんな状況で彼らは毎日何を考えて生きていたのか。<br>
<br>
考えたことありますか？<br>
<br>
リアルに「明日死ぬかもしれない」という不安を抱いたとき、<br>
人は何を考えるのか。<br>
<br>
もし分からなければ時間があるときにでも【きけわだつみのこえ】<br>
という本を読んでみて下さい。<br>
<br>
何かの参考にはなると思います。<br>
<br>
<br>
随分話が大きくなりました。<br>
<br>
でもこれでいいんです。<br>
<br>
こうやって縦横無尽にいろんな知識を結びつけないと<br>
人の理解というのは促進されないんでね。<br>
<br>
それがなんでなのか、というのはネットワーク理論とか<br>
マインドマップとか構造主義とか複雑系とかを学んでもられば<br>
なんとなく分かると思います。<br>
<br>
まあそんな話はどうでもいいか。<br>
<br>
とにかく。<br>
<br>
今回僕が言いたかったことをまとめてしまえば<br>
<strong><br>
満足した豚がいいのか、それとも、不満足な人間がいいのか<br>
</strong><br>
ってことです。<br>
<br>
目標を持たない、ということはある意味で、<br>
満足した豚なんですね。<br>
<br>
毎日エサ（享楽）を貰ってればそれで幸せなのが豚ですから。<br>
（豚の気持ちは豚に聞いてみないと分からないけど・笑）<br>
<br>
逆に、目標を持つ、ということは目標を達成するまで<br>
不満足なワケですから、それは人間（現存在）なのです。<br>
<br>
更に、目標とは達成される度に更新されるものですから、<br>
常に不満足なのが人間（現存在）なんですね。<br>
<br>
豚は豚で幸せかもしれませんし、どっちがいいとは<br>
僕には決められないので、自身で悩んで下さいませ。<br>
<br>
ではではー♪<br>
<br>
<br>
追伸<br>
<br>
今回の話は人によって反論があるかもしれません。<br>
<br>
「人生に無駄なことなんてないんだ！」みたいな。<br>
<br>
確かに僕も「人生には無駄なことはない」と思ってる一派なので、<br>
その意見には賛成なんですが、それは個人的には目的意識によると<br>
思うんですね。<br>
<br>
何にも考えずに普通にゲームをするのか、<br>
「ゲームをするとどんなに気持ちになるんだろ？」<br>
という疑問を解決するためにゲームをするのかで<br>
得るモノが全然違いますから。<br>
<br>
人生に無駄なことがないのは確かだと思いますが、<br>
その人生を無駄にしているのは誰なのか？というのも<br>
同時に考えてもらえると、より理解が深まるかもしれません。<br>
<br>
<br>
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</content>
<author>
<name>pesu1028</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>不安から思索へ</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65291502.html" />
<modified>2009-08-15T17:50:06Z</modified> 
<issued>2009-08-16T01:41:58+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65291502</id> 
<summary type="text/plain">
どーも、ペスです。

どうやらこのブログ【ペス.COM】はヤフー検索のアルゴリズム変動の
影響で（？）「ペス」というキーワードでは圏外に吹っ飛んで
しまったようです（苦笑）

仕方ないですねー、こればっかりは。

SEOを意識して作ってるワケでもないので
吹き...</summary> 
<dc:subject>社会</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65291502.html">
<![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
どうやらこのブログ【ペス.COM】はヤフー検索のアルゴリズム変動の<br>
影響で（？）「ペス」というキーワードでは圏外に吹っ飛んで<br>
しまったようです（苦笑）<br>
<br>
仕方ないですねー、こればっかりは。<br>
<br>
SEOを意識して作ってるワケでもないので<br>
吹き飛ばされたのはある意味で必然。<br>
<br>
まあこーゆーことは日常茶飯事に起こりうるってことで<br>
心得ておいてもらえればと思います。<br>
<br>
見つからなくなっても僕のせいじゃありません（笑）<br>
<br>
あ、ちなみに次からこのブログを検索で探すときは<br>
【ペス　相対主義】と入力して下さい。<br>
<br>
これならヤフーでもグーグルでも多分ヒットしますから。<br>
<br>
<br>
さてさて、それでは本題に入っていきましょう。<br>
<br>
<br>
前回は相対主義におけるヒーローの必要性とわれわれが抱える<br>
潜在的不安の関係について僕なりの見解を書いていったワケですが<br>
不安についてはまだ話し足りない部分があるので、今回は<br>
その【不安】についてもうちょっと掘り下げていこうと思います。<br>
<br>
毎回話し足りないことばっかりで申し訳ないんですが、<br>
物事の側面ってのはホントに１回で話し切れないぐらい<br>
いっぱいあるんですね。<br>
<br>
多くの人はその１面しか見ようとしないから<br>
いろんな間違いを犯してしまうワケで、<br>
表裏一体なんて言葉があるように、物事には<br>
最低でも２つ以上の側面があります。<br>
<br>
ある人達から善い人だと慕われている人が<br>
別のある人達からは極悪人だと言われてしまうケースが<br>
世の中には往々にしてあるワケですから、その両面を<br>
見ないことには「本当のその人」は分からないのです。<br>
<br>
同じように、今回話す【不安】にも「負の側面」と<br>
「正の側面」があるんですね（もっとあるかも）。<br>
<br>
ただ、【不安】と聞くと普通は嫌な面（負の側面）しか<br>
思い浮かばないと思います。<br>
<br>
「不安で眠れない」とか「不安に押しつぶされそう」とか<br>
「不安が積もって欝になった」とか、そんな話ばっかりが<br>
世間では出回ってますからね。<br>
<br>
さらに成功哲学や自己啓発などの書籍では<br>
どう言われているかというと<br>
<br>
「不安なんてぶっ潰せ」<br>
<br>
的なことが堂々と、さも正しいことかのように<br>
語られているワケです。<br>
<br>
これじゃあ【不安】を悪者扱いしてしまうのも<br>
仕方ありません。<br>
<br>
しかし。<br>
<br>
これから僕がお話しするのは【不安】の正の側面です。<br>
<br>
人が不安を抱くのにはちゃんとした理由があるのですが、<br>
というか、人には不安を抱かなければならない理由があるのですが、<br>
その辺が一般的には無視されてますよね。<br>
<br>
それを考えずに成功哲学が言うことを鵜呑みにして、<br>
不安を削除してしまうとどうなるのか。<br>
<br>
今回の記事を読んでその辺の恐ろしさを実感してもらえれば<br>
筆者冥利に尽きます。<br>
<br>
<br>
<br>
えー、まずは【不安】についての２つの捉え方を<br>
紹介しておきましょう。<br>
<br>
これは僕がある本を読みながら不安について考えていた時に<br>
気付いたものです。<br>
<br>
「お、そう言えば不安って、見えたり見えなかったりするかも」<br>
<br>
って。<br>
<br>
僕は本を読んでいるときによくアイディアが浮かぶんですが、<br>
実は今まで書いてきた記事の大半はそうやって<br>
生み出されたものだったりします。<br>
<br>
基本的に僕の読む本というのは無駄に小難しい本が多くて（苦笑）<br>
頭を使わないと1ページも進まない、という本が少なくありません。<br>
<br>
普通に読んだら「何言ってんのコイツ」的な本ばっかり。<br>
<br>
それ故に、僕が読書するときというのは否が応でも<br>
脳みそフル回転で読まないといけないんですね。<br>
（それぐらい僕の頭が悪いという説もありますが・苦笑）<br>
<br>
しかし、そのお陰で（？）僕が本を読んでいるときというのは<br>
脳が変なことまで思い出したりします。<br>
<br>
昔の思い出が急に蘇ったり、昨日の友人との会話を思い出したり、<br>
本を読みながらそんなことがグルグル回ってると、ある時勝手に<br>
「ガチャ」って変なアイディアが浮かぶワケです。<br>
<br>
読んでる本とは全然関係ないアイディアが（笑）<br>
<br>
で、今回の不安の２つの捉え方というのも例によって<br>
そんな風に生み出されたワケなんですが、その２つの捉え方とは<br>
読んで字の如し【顕在的不安】と【潜在的不安】。<br>
<br>
【潜在的不安】は前回の記事で書いたのと同じ<br>
「無自覚な不安」のことです。<br>
<br>
本当は不安なのに、それに気付いていない。<br>
<br>
つまり、自分には不安なんて無い、と思われている不安です。<br>
<br>
気付かれていない不安と言い換えてもいいかもしれません。<br>
<br>
で、もう１つは【顕在的不安】。<br>
<br>
こっちは一般に言われる不安と意味は同じです。<br>
<br>
要は、自分は不安である、と自覚している不安のこと。<br>
<br>
これら２つは便宜上、さも新しい概念かのように書いてますが（笑）<br>
全然そんなことはなくて、われわれが普段から感じていることを<br>
改めて言葉にするとこんな感じになりました、という程度のものです。<br>
<br>
例えば就職前になって将来に漠然とした不安を抱き始めた場合、<br>
それは、今まで気付かなかった将来に対する潜在的不安が<br>
顕在化（表面化）して顕在的不安になった、という感じ。<br>
<br>
将来に対するの不安なんてものは本当は生まれたときから<br>
誰もが抱いていますからね。<br>
<br>
「将来は宇宙飛行士になりたい！」と子供が言ったときに<br>
親が真面目に向き合ってやれば、それはリアルな不安となって<br>
子供の胸に突き刺さるワケです。<br>
<br>
「あぁ、今のままじゃ宇宙飛行士になれないんだ・・・」って。<br>
<br>
それを世間の親は「夢が大きくていいねー」なんて言って<br>
テキトーに受け流してしまうから、不安が消えて空虚な希望だけが<br>
先走ってしまうのです。<br>
<br>
つまり大事なのは、不安が見えてるか見えてないか<br>
（見えるようにするかしないか）なんですよ。<br>
<br>
不安が早くに見えた子は、島田紳助の子供たちのように<br>
将来の可能性を広げようと自ら勉強に励むし、<br>
不安が見えないほとんどの子供たちは普通の人間として<br>
学生生活を終える直前になるまで将来を考えない。<br>
<br>
島田紳助の子供たちのエピソードをご存知でしょうか？<br>
<br>
彼はある日、部屋で勉強ばかりしている子供たちを見かねて、<br>
こんなことを言いました。<br>
<br>
「子供なんだから、そんなに勉強ばっかりしてないで、<br>
　もっと外に出て遊びなさい」<br>
<br>
すると子供たちはそれを断ったと言います。<br>
<br>
そこで彼が<br>
<br>
「なんでお前たちはそんなに勉強するんだ？」<br>
<br>
と聞いたところ、子供たちは<br>
<font color="red"><br>
「だって今のうちに将来の選択肢を増やしておきたいから」<br>
</font><br>
と言ったそうです。<br>
<br>
「遊びも大事」とか言っているその辺の大学生と<br>
一線を画しているのは、もはや言うまでもありません。<br>
<br>
不安一つでそこまでの差が出るワケです。<br>
<br>
もっと極端な例だと「明日死ぬかもしれない」という不安も<br>
今までその不安が潜在的不安として自覚できなかっただけで<br>
本当はずっと存在してるんですよ。<br>
<br>
だって人間誰しも、いつ死ぬかなんて分からないんだから。<br>
<br>
それを自覚した者がハイデガーの言う現存在（Dasein）と<br>
呼ばれる人なワケですが、まあそんな言葉は今はどうでもいいや。<br>
<br>
とにかく。<br>
<br>
ここで大事なのは、<br>
<strong><br>
不安を自覚するか否かで人の思考は大きく変化する<br>
</strong><br>
ということです。<br>
<br>
「明日死ぬかも」という不安を真摯に受け止めている人は<br>
今日死んでも悔いの残らない人生を計画・実行するでしょうが、<br>
「退職したら何しようかな」と60歳まで生きることを<br>
当然のこととして考えてる人は「今日の晩飯は何食べよう」<br>
といった下らないことしか考えない。<br>
<br>
不安を自覚するか否かはそれぐらい思考に差を生むのです。<br>
<br>
<br>
不安を自覚すると当然、人は「考える」ようになります。<br>
<br>
「彼女の態度が最近おかしい・・・」と不安になれば<br>
イヤでも彼女のことを考えざるを得ませんし、<br>
「試験に落ちたらどうしよう・・・」と不安になれば<br>
試験のことを考えない方が難しいでしょう。<br>
<br>
ただ、勘違いしないで欲しいのは「あー、不安だなー」と<br>
思うだけで自動的に考えるようになるワケではない、<br>
ということ。<br>
<br>
「明日死ぬかもなー」とか「今地震が起こったらヤバイなー」<br>
と思うだけならサルでも出来ます。<br>
<br>
そうじゃなくて。<br>
<br>
その不安と真摯に向き合えるかどうかが問題なのです。<br>
<br>
「今地震が起こったらヤバイなー」と思ったときに<br>
「じゃあ今何をしておいたらいいだろ？」と考えるかどうか。<br>
<br>
「明日死ぬかもなー」と思ったときに<br>
「じゃあ今日やれることを精一杯やろう」と思えるかどうか。<br>
<br>
そもそも不安を抱かなければ話にならないのは<br>
言うまでもありませんが、僕の言う【自覚】とは、<br>
こうやって不安と「向き合うこと」を意味します。<br>
<br>
要するに<br>
<strong><br>
不安と真摯に向き合った時、人は初めて【思索】できるようになる<br>
</strong><br>
のです。<br>
<br>
<br>
現在は100年に一度の不況と呼ばれ、超一流と呼ばれたリーマンや<br>
GMでさえバタバタ潰れてしまう時代です。<br>
<br>
日本の大企業も軒並み赤字。<br>
<br>
その影響を受けて派遣切りに遭い、今日を生きるために<br>
必死の人もたくさんいます。<br>
<br>
しかし、少し考えてみて下さい。<br>
<br>
どうしてこんな酷い状況になるまで誰も対策を立てなかったのかを。<br>
<br>
世界にはわれわれの想像を絶する知能をもった経済学者や<br>
研究者がいます。<br>
<br>
にも関わらず、なんでそんな人達までもがバブル崩壊を<br>
予知（予期）とは言わないまでも予見できなかったのか。<br>
<br>
金融バブルが分かり難ければ、平成バブルのことを<br>
思い出してみて下さい。<br>
<br>
当時、どうして多くの人はどう考えても資産的価値のない<br>
北海道の山なんかを買ってしまったのか。<br>
<br>
どうして多くの会社は（一流会社までもが）中途採用よりも<br>
能力の劣る新卒生を無批判に給料を吊り上げてまで採用しようと<br>
したのか。<br>
<br>
答えは簡単。<br>
<br>
【考えてなかったから】です。<br>
<br>
どうして考えてなかったのか。<br>
<br>
【誰も不安を抱かなかったから】です。<br>
<br>
そう、だれも「このバブルは弾けるかもしれない」と<br>
不安に思わなかったのです。<br>
<br>
　※金融バブルの方はジョージ・ソロスなんかが警告を<br>
　　発していましたが、ほとんどの人はそういった意見に<br>
　　耳を傾けませんでした<br>
<br>
つまり、近年の不況（バブル崩壊）は<br>
<strong><br>
近年のわれわれの思考（思索）が停止していた証拠<br>
（不安とは無縁のユートピアだと浮かれていた証拠）<br>
</strong><br>
と解釈することが出来ます。<br>
<br>
アメリカで起こった金融バブルについては<br>
不動産リートやデリバティブ、サブプライムローンなど<br>
様々な金融商品（金融工学）を業界の知識人までが妄信して<br>
思考停止に陥った結果、今のような悲惨な不況になってしまった。<br>
<br>
具体的には、年収300万円ぐらいのサブプライム層の人でも1億円近くの<br>
ローンを組むことができ、銀行もその手形を証券会社に全て<br>
引き取ってもらうことができ、証券会社は金融工学という魔法で<br>
その手形をトリプルA保証の金融商品に変えることができ、<br>
投資家は年利10％ぐらいで元本がほぼ保証されたような証券を<br>
手に入れることが出来た。<br>
<br>
こんな誰が見ても誰も損しないシステムになってしまったが故に<br>
大きな大きな落とし穴にみんなハマってしまったのです。<br>
<br>
普通の神経で考えたら、年収300万円の人が1億円の物件を買えるなんて、<br>
どう考えても【異常】なんですよ。<br>
<br>
でもそれがバブルの時期だと誰も【異常】だと思わない。<br>
<br>
それがある意味バブルの構造とも言えるワケですが、<br>
まあそれはともかく。<br>
<br>
不安を自覚しないと最悪の場合どうなってしまうのか、<br>
というのはなんとなく分かってもらえたんじゃないかと思います。<br>
<br>
<br>
さて。<br>
<br>
<br>
これで冒頭で書いた<br>
<br>
「成功哲学の言うことを鵜呑みにするとどうなるのか」<br>
<br>
の意味は分かりましたよね？<br>
<br>
【不安を潰す】<br>
<br>
それは<br>
<br>
【思考停止】<br>
<br>
を意味するのです。<br>
<br>
だから僕は無理矢理【不安を潰す】なんて不用意なことは<br>
するべきじゃないと思うんですね。<br>
<br>
むしろ、ちゃんと向き合えよ、と。<br>
<br>
不安に気付かないことだって往々にしてあるんだから<br>
気付いたときぐらいはそれが成長のチャンスだと思って<br>
真摯に向き合おうよ、と。<br>
<br>
それが理性を持つわれわれ人間に課せられた当然の義務だと<br>
僕は思うんですが、いかがでしょうか？<br>
<br>
まあどう思うかは人の自由ですが、ふと不安になったときに<br>
この記事のことを思い出してもらえたら幸いです。<br>
<br>
<br>
<br>
んじゃ、また次回もよろしくです。<br>
<br>
ではではー♪<br>
<br>
<center><a href="http://pesu.livedoor.biz"><strong>【ペス.ＣＯＭ】</strong>トップへ</a>]]> 
</content>
<author>
<name>pesu1028</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>「われわれ」は一体何者なのか</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65287601.html" />
<modified>2009-11-05T06:58:07Z</modified> 
<issued>2009-08-06T11:24:39+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65287601</id> 
<summary type="text/plain">
どーも、ペスです。

前回の記事を改めて読み直してみたんですが、
ちょっと急展開し過ぎた感が否めないですね（苦笑）

まあ今はピンッとこなくても、僕の記事を読み続けてもられば
それなりに実感が湧くようになると思います。

僕がどんだけ丁寧に説明したとしても現時点...</summary> 
<dc:subject>社会</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65287601.html">
<![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
前回の記事を改めて読み直してみたんですが、<br>
ちょっと急展開し過ぎた感が否めないですね（苦笑）<br>
<br>
まあ今はピンッとこなくても、僕の記事を読み続けてもられば<br>
それなりに実感が湧くようになると思います。<br>
<br>
僕がどんだけ丁寧に説明したとしても現時点では<br>
<br>
「いやいやいや、<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304726.html" target="_blank">ヒーロー</a>とか言われても<br>
やっぱり理想論にしか聞こえないし」<br>
<br>
という状態だと思うんですね、多分。<br>
<br>
でもそれは仕方ないことなんです。<br>
<br>
だって今まで「善」とか「倫理」とか「徳」とか<br>
そーゆーものについて真剣に考えたことなんて<br>
ほとんどの人は無いはずですから。<br>
<br>
そんな人がいきなりヒーローがどうの理性的権威がどうの<br>
って言われてすんなり受け入れられるはずもありません。<br>
<br>
これは別に軽蔑しているワケではなくて、われわれは<br>
そーゆー風に教育されてきた、ってことなんです。<br>
<br>
<br>
「善？あぁ、一日一善は実践した方がいいかもね」<br>
<br>
「道徳？あぁ、小学校の授業でやった覚えがあるかも」<br>
<br>
「倫理？高校で習ったけど意味わかんなかった」<br>
<br>
<br>
この程度の認識ですよね、普通に生活してたら。<br>
<br>
それぐらいわれわれの「倫理」や「道徳」に対する意識は低い。<br>
<br>
多くの哲学者が「善や道徳は人が幸せになるための要素だ」<br>
ということを言ってるのにも関わらず、学校や会社では<br>
そんなことは誰も教えてくれません。<br>
<br>
いや、「誰も知らない」と言った方が正しいかな。<br>
<br>
だから教えたくても教えることが出来ない。<br>
<br>
もちろん知らなくてもどうってことはありません。<br>
<br>
むしろ僕の言ってることは「普通」に生きていくには<br>
全く必要のないことばかり。<br>
<br>
一般には【ムダ】と呼ばれる部類に属します。<br>
<br>
「<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304691.html" target="_blank">相対主義</a>とかどうでもいいからFXで儲かる方法を教えてくれよ」<br>
というのが世間の本音でしょう、恐らく。<br>
<br>
そう思うなら僕のブログなんか読まなくていいんですよ。<br>
<br>
第一このブログはそーゆー人の役には立てないですから。<br>
<br>
僕のブログが役に立てるのは本当の意味で【人生を善くしたい】と<br>
思っている人だけです。<br>
<br>
しかしながら、この一連の記事は「ビジネス」という<br>
テーマに終着する予定になっています。<br>
<br>
つまり、広い意味での「金儲け」。<br>
<br>
「言ってることが矛盾してるんじゃないの？」<br>
と思うかもしれませんが、その真意は今後の記事を<br>
読み続けてもらえれば分かると思います。<br>
<br>
今はまだ構想中なので実際にどんな内容になるかは<br>
未定ですが、まあ気長に待ってて下さいませ。<br>
<br>
絶対損はさせませんから。<br>
<br>
<br>
さて。<br>
<br>
いつも通りムダに長い前置きが終わったところで（笑）<br>
本日の本題に入っていきましょう。<br>
<br>
<br>
前回からいきなり【ヒーロー】という概念を登場させましたが、<br>
なぜヒーローが必要なのか、という部分の説明が全然足りて<br>
いなかったので今回の記事で補足させて下さい。<br>
<br>
前回僕は今の時代にヒーローが必要な理由を一言で<br>
<strong><br>
周りがヒーローの言うことを素直に<br>
（自らの望むこととして）聞き入れるから<br>
</strong><br>
と書きました。<br>
<br>
これは一見すると何も難しいことは語っていないように見えるのですが、<br>
実はこの言葉はかなり奥が深いです。<br>
<br>
特に「（自らの望むこととして）」という部分。<br>
<br>
ここをサラッと読み流さないで欲しいんですね。<br>
<br>
ヒーローが絶対的に尊敬されている存在だということは<br>
前回も説明しましたから「素直に聞き入れる」という部分は<br>
特に問題なく受け入れられる思います。<br>
<br>
しかし、それがなんで「自らの望むこととして」なのかは<br>
疑問に思って欲しいのです。<br>
<br>
どうして一般人はイチローにボール拾いを頼まれたら<br>
喜んで（自らの望むこととして）それに応じてしまうのか。<br>
<br>
「イチローに理性的権威があるからでしょ」という答えは<br>
端的には正しいですが、実はそれだけじゃ不十分なんですね。<br>
<br>
理性的権威は１つのキッカケに過ぎません。<br>
<br>
理性的権威が非常に重要な地位を占めていることには<br>
違いありませんが、われわれがイチローの言葉を<br>
すんなりと受け入れてしまう理由はもっと深いところに<br>
起源があるのです。<br>
<br>
そんなワケで今回は<br>
<br>
「われわれ（現代人）は一体何者なのか」<br>
<br>
「われわれはどんな性質を持った人間なのか」<br>
<br>
「われわれはどこから来て、どこへ向かっているのか」<br>
<br>
という部分に焦点を当てて、書き綴っていこうかと<br>
思います。<br>
<br>
<br>
<br>
われわれは一体何者なのか。<br>
<br>
分かりそうで全く分からない悩ましい問いです。<br>
<br>
人は自分のことほど分かっていない、なんてことを<br>
よく言いますが、まったくその通りだな、と個人的にも思います。<br>
<br>
<br>
「自分のことが知りたい」<br>
<br>
<br>
恐らく僕ぐらいの年齢の人なら誰しも1度ぐらいは<br>
考えたことがあるでしょう。<br>
<br>
自分に向いている仕事は何なのか、自分のやりたいことは何なのか、<br>
僕の周りの友人も同じように悩んでいました。<br>
<br>
そしてミクシィのコミュニティなんかを見れば分かるように<br>
今も悩み続けている人が何十万という単位で存在します。<br>
<br>
みんな自分のことが見えないのです。<br>
<br>
<br>
「神」や「理性」が絶対的なものと信じられていた時代は<br>
こんな悩みは存在しませんでした。<br>
<br>
神の時代は、神の言葉に対して忠実に生きることが<br>
人々にとっての全て。<br>
<br>
その時代の人にとって自分なんてものはどうでもよく、<br>
最終的に神に選ばれるかどうかが全てだったのです。<br>
<br>
つまり、その時代の人は（生きている）自分に興味が<br>
なかったワケです。<br>
<br>
また理性の時代は「いかに（理性的に）優れているか」が<br>
問われた時代。<br>
<br>
乱暴に言えば、成績のいいヤツほど幸せになれると<br>
思われていた時代です。<br>
<br>
「自分の在り方」とか「どんな人生を生きるのか」とか<br>
そんなものを考えるよりも東大出て大手企業で出世すりゃ<br>
幸せになれるんだから頑張って勉強しなさい、と。<br>
<br>
「将来が約束されている」という言葉はこの時代に<br>
よく使われた言葉だと思いますが、時代の価値観を<br>
うまく表してますよね。<br>
<br>
要するに、この時代の人は自分について考える必要が<br>
なかったのです。<br>
<br>
（難しく言えば決定論的だった、ということになります）<br>
<br>
しかしそんな「文明開化」「富国強兵」「年功序列」な時代は<br>
もう終わってしまいました。<br>
<br>
いくら賢くて強くて自由でお金があっても、それが幸せとは<br>
限らない。<br>
<br>
そういった時代（価値観）の下でわれわれは生活しています。<br>
<br>
そして最も重要なのは、今やわれわれには「神」や「理性」<br>
という万人に共通した絶対的な【目標にすべきもの】が<br>
存在しないということです。<br>
<br>
つまり、何を目標にすればいいのかが分からない。<br>
（なんのために生きているのかが分からない）<br>
<br>
だから「生きていること自体が不安」なのです。<br>
<br>
例えば、あなたがマラソン大会に出たとしましょう。<br>
<br>
走っている途中、突然主催者から<br>
<br>
「実はこのマラソンのゴールはまだ決まっていないんです」<br>
「ただし、立ち止まったらコーラ２リットルを鼻から<br>
一気飲みさせて市中引き回し刑の後、即射殺しますので<br>
頑張って走り続けて下さいねー」<br>
<br>
なんてことを宣告されたら、どう思うでしょう？<br>
<br>
極端ではありますが、これが今のわれわれの心境です。<br>
<br>
人生という名のマラソンは生まれた瞬間にスタートし、<br>
われわれは「生きている限り」走り続けなくてはなりません。<br>
<br>
しかし多くの人にはゴール（目標）が決まっていない。<br>
<br>
ゴールがないということは、走る目的もない、ということです。<br>
<br>
だから<br>
<br>
「このまま走り続けることに意味があるんだろうか？？」<br>
「でも立ち止まると殺されるし・・・」<br>
<br>
と不安になる。<br>
<br>
【死にたくない、でも今のまま生きてるのはもっと苦痛】<br>
<br>
これが現在、多くの人が「無自覚なまま」抱いている<br>
大きな不安なのです。<br>
<br>
<br>
<br>
そこで。<br>
<br>
この不安を解決するヒントを得るために、偉大な哲学者の<br>
興味深い発言に注目してみたいと思います。<br>
<br>
まずはニーチェ。<br>
<font color="red"><br>
「人間の意志には目標が必要だ。<br>
<br>
しかし、その意志は、何も目標が与えられないなら、<br>
むしろ虚無を欲する」<br>
<br>
「自分に命令する力の無い者ほど、自分を命令する者を求める」<br>
</font><br>
続いて<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304765.html" target="_blank">スペインの哲学者オルテガ</a>。<br>
<font color="red"><br>
「待命中の生は死以上の自己否定である。<br>
<br>
なぜならば、生きるということは何か特定のことをなさなければ<br>
ならないということ（１つの任務を果たすこと）であり、<br>
われわれがその生を何かに賭けることを避ける度合いに<br>
比例して、われわれは自己の生を空虚にしていくのである。<br>
<br>
全地球上から恐ろしい叫び声が湧き起こり、無数の犬の<br>
ほえ声のように天空にまで響き渡り、命令を下してくれる者、<br>
仕事や義務を与えてくれる者の存在を求める日もそう遠くは<br>
ないであろう」<br>
<br>
「創造的な生は、厳格な節制と、高い品格と、尊敬の意識を<br>
鼓舞する絶えざる刺激が必要なのである。<br>
<br>
創造的な生とは、エネルギッシュな生であり、それは<br>
次のような２つの状況下においてのみ可能である。<br>
<br>
すなわち、自らを支配するか、あるいは、われわれが<br>
完全な支配権を認めた者が支配する世界に生きるか、<br>
つまり、命令するか服従するかのいずれかである。<br>
<br>
しかし服従するとは決して忍従することではなく、<br>
（忍従は堕落である）その逆に、命ずる者を尊敬して<br>
その命令に従い、命令者と一体化し、その旗の下に<br>
情熱を持って集まることなのである」<br>
</font><br>
（オルテガ著【大衆の反逆】より引用）<br>
<br>
その他お馴染みの精神分析研究者エーリッヒ・フロムも<br>
ニーチェやオルテガと同じようなことを言っています。<br>
<br>
非常に興味深いですよね。<br>
<br>
ここでニーチェが言っているのは<br>
<strong><br>
人間には目標が必要で、目標がなければ死にたくなるし、<br>
自分で目標をたてられないヤツは代わりに命令してくれる人が<br>
欲しくてたまらない<br>
</strong><br>
ってことです。<br>
<br>
ちょっと前に「指示待ち人間」なんて言葉が流行りましたが<br>
彼らは自らの目標を立てられない典型的なタイプに属します。<br>
<br>
要は「考えてないだけ」なんですが、彼らには<br>
何を考えればいいかさえ分からないから<br>
何かしていないと不安なのです。<br>
<br>
だから指示があると自分の任務が確認できてホッとする。<br>
<br>
しかし、ずーーっと指示がないと自分が会社にいる意味が<br>
感じられないし、周りからは「役立たず」という見られるし、<br>
だからと言って何を考えればいいかも分からないしで<br>
段々と辞めたくなっていって、いずれ辞めてしまう。<br>
<br>
これは会社だから「辞める」で済みますが、<br>
これが人生そのものなら「虚無（死）を欲する」、<br>
つまり死にたくなって、いずれ死んで（自殺して）しまう。<br>
<br>
だから人間には「目標」や「目標を与えてくれる人」が必要だ、<br>
とニーチェは言っているのです。<br>
<br>
<br>
んでもってオルテガが言ってるのは<br>
<strong><br>
命令を待っている（自ら目標を見出せない）状態で生きている<br>
というのは死ぬ以上に自分を苦しめていることになる<br>
<br>
なぜなら、生きるということは何かをなすことだから<br>
われわれが生きる任務（目標）を持てないままでいると<br>
それはどんどん自分の人生を虚しくしていくのと<br>
同じことだからである<br>
<br>
自殺したくなる人が増え、生きる目標を与えてくれる<br>
救世主をわれわれが求め始める日もそう遠くはないだろう<br>
<br>
われわれが「善く生きる」には、誰かの命令に従うか、<br>
自分で自分に命令するか、どちらかしかない<br>
<br>
しかし誰かに従うというのは、嫌々従うのではなく、<br>
「この人になら命令されてもいい」と思うような人を選び、<br>
自らの望むものとしてその人の命令（指示）に情熱を注ぎ、<br>
一緒に実現していくことである<br>
</strong><br>
ってこと。<br>
<br>
つまり僕が何を言いたかったのかはもうお分かりでしょう。<br>
<br>
それは<br>
<strong><br>
われわれが人生の不安から抜け出すためには、<br>
まず自分が不安であることを自覚し、自身がヒーローになる、<br>
もしくは自らの認めるヒーローを見つけ、指示を仰がなければならない<br>
</strong><br>
ということです。<br>
<br>
やっとまとまった（笑）<br>
<br>
これだけ話せば伝わったかなー（苦笑）。<br>
<br>
なんで僕が<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304691.html" target="_blank">相対主義</a>の話ばかり取り上げるのか。<br>
<br>
なんで僕が理性的権威が相対主義の世界を<br>
救うキーワードだと言ったのか。<br>
<br>
なんで今の時代には<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304726.html" target="_blank">ヒーロー</a>が必要なのか。<br>
<br>
全てはこういった前提があってのことだったのです。<br>
<br>
<br>
「自己分析」とか「心理テスト」とか「自分探し」とか<br>
「血液型説明賞」とか「風水」とか「占い」とか<br>
「スピリチュアル」とか、そーゆーものが日本で流行るのは<br>
実は上で話したようなことが大きく関係しています。<br>
<br>
表面上は「ただ楽しいから」だと思われていますが、<br>
こうやってちゃんと勉強すれば、これらが<br>
<br>
【無自覚な不安を解消するための行動】<br>
<br>
として明確に理解できるワケです。<br>
<br>
みんな不安だから自分のことを少しでも<br>
「知った気になって」安心したいんですよ。<br>
<br>
ホントはその前に自分が不安だということを<br>
自覚しなくちゃ意味ないんですけどねー。<br>
<br>
ま、何かの参考になれば。<br>
<br>
<br>
あ、そうそう。<br>
<br>
感想や質問はどんどん送って下さいね。<br>
<br>
送られてきたメールにはちゃんと全部に返信します。<br>
<br>
僕の答えられない質問が来た場合は、できる限り調べてから<br>
返信しますので、僕を苦しめるつもりで（笑）色々意見を<br>
送ってもらえればと思います。<br>
<br>
やっぱ反応があった方が僕も嬉しいんで（笑）<br>
<br>
よろしくです。<br>
<br>
ではではー♪<br>
<br>
<center><a href="http://pesu.livedoor.biz"><strong>【ペス.ＣＯＭ】</strong>トップへ</a>]]> 
</content>
<author>
<name>pesu1028</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>理性的権威とヒーロー</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65287629.html" />
<modified>2009-09-16T03:42:18Z</modified> 
<issued>2009-07-30T21:59:07+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65287629</id> 
<summary type="text/plain">
どーも、ペスです。

今日はいよいよ理性的権威についての話に入っていきます。

いよいよとか言いながら楽しみにされたなかったら
ちょっと悲しいけど（苦笑）

まあそれはともかく。

ここから話は急展開するので振り落とされないように
ご注意を（笑）


...</summary> 
<dc:subject>社会</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65287629.html">
<![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
今日はいよいよ理性的権威についての話に入っていきます。<br>
<br>
いよいよとか言いながら楽しみにされたなかったら<br>
ちょっと悲しいけど（苦笑）<br>
<br>
まあそれはともかく。<br>
<br>
ここから話は急展開するので振り落とされないように<br>
ご注意を（笑）<br>
<br>
<br>
<br>
僕は<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65284191.html" target="_blank">前回の【民主主義国家の末路】</a>で理性的権威が<br>
<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304691.html" target="_blank">相対主義</a>の世界を救う（？）ためのキーワードだと言いました。<br>
<br>
「救う」なんて言っちゃうとやや大袈裟な感がありますが、<br>
それでも日本における人間関係や文化が徐々に<br>
崩壊しつつあるのは恐らく誰もが感じているでしょうし、<br>
自殺者や殺人鬼が増加の一途を辿っているのは<br>
否定できない事実です。<br>
<br>
それをなんとか出来ないか、と考えたら<br>
やっぱり理性的権威溢れる世界を<br>
作っていくことしかないよなー、と僕は思ったんですね。<br>
<br>
もちろんこれはただの理想論ではありません。<br>
<br>
以前のベーシックインカム関連の記事を読んで頂ければ<br>
分かると思いますが、僕は基本的に理想論は嫌いです。<br>
<br>
嫌いというか、避けている、と言った方が正しいかもしれません。<br>
<br>
理想を語るのは楽しいですし、理想を目指すのは<br>
大切なことだとは思うのですが、多くの場合は<br>
理想を理想論のまま終わらしてしまう、という過ちを<br>
犯しがちです。<br>
<br>
これは言い換えれば、理想は机上の空論で終わっちゃうことが<br>
往々にしてあるということを指します。<br>
<br>
机上の空論で終わっちゃ意味ないんですよ、<br>
少なくとも僕にとっては。<br>
<br>
そして多くの哲学が勘違いされているのも<br>
実はこの点なのです。<br>
<br>
この点とは<br>
<br>
「哲学の議論は現実と乖離していて実際には何の役にも立たない」<br>
<br>
という偏見のこと。<br>
<br>
つまり<br>
<br>
「哲学って理想論をひたすら議論してるだけじゃないの？」<br>
<br>
と。<br>
<br>
これは大きな間違いです。<br>
<br>
理想論と哲学は全然違います。<br>
<br>
なぜなら理想論は理想を拡大させるだけの論なのに対して、<br>
哲学は理想を現実に近付ける試みだからです。<br>
<br>
だから「幸せとは何か」とか「自由とは何か」とか<br>
一見無駄としか思えないことを一生懸命考えたりするワケです。<br>
<br>
ただその一生懸命さゆえに、使っている用語や<br>
話している内容が厳密になり過ぎ、現実世界と<br>
乖離しているように見えてしまうのが哲学なのです。<br>
<br>
そこを勘違いしている人があまりに多いような気がして<br>
なりません。<br>
<br>
哲学者が「人生とは？」と問うのは、<br>
人生をより有意義に生きたいと思っているからです。<br>
<br>
そして何より「全ての人の人生を有意義にしたい！」<br>
そう思って彼らは無駄に見えるようなことを<br>
毎日考えて続けているのです。<br>
<br>
これだけは是非、覚えておいて欲しいと思います。<br>
<br>
<br>
さあ、ここからがやっと本題です。<br>
<br>
まずは話を戻しましょう。<br>
<br>
僕が理性的権威をキーワードに置いたのは<br>
それを駆使すれば<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304691.html" target="_blank">相対主義</a>の世界でも「ある意味で」<br>
絶対的な【善】を定義できると思っているからです。<br>
<br>
相対主義の世界では、みんながバラバラの価値観を持ち、<br>
１つの絶対的な「善」や「悪」なるものは存在しません。<br>
<br>
もちろんそれ以前の世界でも事実上絶対的な「善」というのは<br>
存在しなかったのですが、理念の上では存在していました。<br>
<br>
それが「神」であり「理性」であったワケです。<br>
<br>
中世ルネッサンス期までは「神」は絶対に善であり、<br>
神が意図することは全て善なのだ、という前提がありました。<br>
<br>
また近代においては「理性」こそが絶対の善であり、<br>
「理」つまり論理や科学を追及していくことが<br>
人々の幸せに繋がる、すなわち「善」だと思われて<br>
いたのです。<br>
<br>
しかし文明が進歩するにつれて、神も理性も絶対ではない、<br>
ということを人は知ってしまった。<br>
<br>
存在するかどうかも分からない神。<br>
<br>
自分さえも欺く理性。<br>
<br>
どっちも信用できねーよ、と。<br>
<br>
そして「結局信じれられるのは自分しかいないんじゃないの？」<br>
という思いから相対主義が生まれたのです。<br>
<br>
<br>
通常、相対主義における善は各々の道徳・倫理に依存します。<br>
<br>
これは「自分が善だと思ったらそれが善」ということです。<br>
<br>
極端な話、その人が善だと思っているなら、<br>
人を殺しまくったとしても<br>
それが善だということになります。<br>
<br>
実際そーゆー事件がたくさん起こってますよね。<br>
<br>
「ムカついたから殺した」みたいな。<br>
<br>
普通の感覚を持つ人からしたら<br>
<br>
「いやいや、ムカついたって何よ」<br>
<br>
という話になるワケですが、そーゆー常識からも<br>
ある意味解放されてしまったのが現代人なワケです。<br>
<br>
これが相対主義の世界。<br>
<br>
ここであなたが<br>
<br>
「さすがにこのままはじゃマズいんじゃないの？」<br>
<br>
という感覚を持ってくれたら僕の思惑通りです（笑）<br>
<br>
じゃあどうやったらバラバラになっている危険な【善】を<br>
まともな【善】に統一していけるでしょうか？<br>
<br>
そこで登場するのが、理性的権威です。<br>
<br>
やっと出ました。<br>
<br>
前置きが長い！というツッコミはスルーしつつ話を進めます。<br>
<br>
<br>
理性的権威の根源は尊敬や感謝だというのは<br>
再三説明している通りです。<br>
<br>
前回の記事ではイチローのボール拾いなら誰もが<br>
喜んで引き受ける、という例を出しましたが、<br>
もしイチロー的な人が身近に溢れていたとしたらどうでしょう？<br>
<br>
例えがイチローだとちょっと分かり難いかな。<br>
<br>
もうちょい抽象的に、自分の尊敬する人が身の周りに<br>
溢れていたとしたら・・・というのを考えてみて下さい。<br>
<br>
人によって尊敬出来る人はそれぞれだと思いますが、<br>
尊敬している人に囲まれてイヤな人はまずいないと<br>
思います。<br>
<br>
むしろ自分の尊敬する人に囲まれるなんて、<br>
なんかウキウキしません？<br>
<br>
もちろん自分は周りの人を尊敬しているワケですから<br>
周りの人は何かしら自分に対して嬉しいことを<br>
してくれる人であったり、自分のために注意や指導を<br>
してくれる人だということです。<br>
<br>
ちょっと恐いけど、何が壊れても<br>
いつも余裕で修理しちゃう父。<br>
<br>
自分の知らないことをたくさん教えてくれる祖父。<br>
<br>
何を作っても美味しい祖母。<br>
<br>
誰よりも深い愛を与えてくれる母。<br>
<br>
誰もが尊敬でき、感謝の気持ちが絶えない状態。<br>
<br>
これが理性的権威が溢れている状態です。<br>
<br>
「誰もが尊敬でき、誰に何を言われても喜んで引き受ける状態」<br>
と言ってもいいかもしれません。<br>
<br>
ただ、<br>
<br>
「そんなの理想の世界だよ」<br>
<br>
と思いませんでした？<br>
<br>
確かにこれだけならただの理想です。<br>
<br>
「こうなればいいなー」で終わっちゃえば、の話ですが。<br>
<br>
つまり終わらないってことなんですけどね。<br>
<br>
<br>
そこでまず手始めに、理性的権威をどう使って<br>
統一した【善】を作り出していくのかを説明していきます。<br>
<br>
ホントは「統一」というとやや語弊があるんですが<br>
まあそれは追々わかってくるかと。<br>
<br>
僕の考えには、理性的権威を持つ者が行うことは<br>
全てが【善】である、という前提があります。<br>
<br>
厳密には、ある人が定義している【ヒーロー】という<br>
概念があって、その【ヒーロー】の行うことが【善】<br>
だという意味です。<br>
<br>
<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304726.html" target="_blank">ヒーロー</a>とは、一般に知られている正義のヒーロー<br>
みたいなテキトーなものではなく、もっとリアルに<br>
<strong><br>
自分の所属するコミュニティ（共同体）の理解を得つつも、<br>
自分自身の信じる善なるものを発信していける存在<br>
</strong><br>
という概念です。<br>
<br>
コミュニティというのは、一昔前なら地域とか家族とか<br>
そういった物理的なものだけを指したのですが、<br>
昨今においては同じ趣味とか同じ職種とか同じ目標とか<br>
そういったカテゴリー的なものの意味合いの方が強いです。<br>
<br>
ミクシィのコミュニティなんかがいい例ですね。<br>
<br>
言ってしまえば、ヒーローがいれば<br>
そのコミュニティ内における【善】が確立できる、<br>
と僕は思っているワケです。<br>
<br>
なんでそう思うのかというと、一言で言えば<br>
<br>
【周りがヒーローの言うことを素直に<br>
（自らの望むこととして）聞き入れるから】<br>
<br>
ちょっと考えてみましょう。<br>
<br>
自分の尊敬する師匠が<br>
<br>
「空き缶のポイ捨てなんてしてたら腕が鈍るぞ」<br>
<br>
と言ったとしたら、弟子はどういう行動を取ると思います？<br>
<br>
自分の尊敬する先生が<br>
<br>
「勉強なんてしなくていい！」<br>
<br>
って言ったら「あ、勉強なんてしなくてもいいだ」って<br>
素直に思いません？<br>
<br>
あの先生が言ってたんだから間違いない！って。<br>
<br>
ってことは、ヒーロー的な人が<br>
<br>
「生きる意味を考え続けることが【善】なんだ」<br>
<br>
って言ったら、どうなるのかな？という話です。<br>
<br>
ヒーローの概念で大事なのは<br>
【コミュニティの理解を得つつ】という部分。<br>
<br>
コミュニティの理解を得るとは、家族内や会社内<br>
（つまりコミュニティ）での常識やマナーを守りつつ、<br>
信頼や信用が積み上げられた状態を指します。<br>
<br>
要するに、コミュニティの人から絶対的に尊敬されている状態が<br>
<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304726.html" target="_blank">ヒーロー</a>の大前提だということです。<br>
<br>
そして尚且つ、自分の中に明確な【善】なるものを持っている。<br>
<br>
これが一番分かり難いと思いますが、考え過ぎずに<br>
「人を殺しちゃいけない」とか「人助けをしましょう」とか<br>
そういった善なる心を備えている、ってことです。<br>
<br>
まとめると<br>
<br>
あるコミュニティに対して強力な理性的権威を持ち、<br>
尚且つ自分自身の善なるものを明確に打ち出していける<br>
存在がいれば、そのコミュニティにおける統一された【善】を<br>
確立することは可能ではないか<br>
<br>
と。<br>
<br>
僕はそう考えています。<br>
<br>
（「統一」という言葉に語弊があると言ったのはこーゆー意味です）<br>
<br>
<br>
ということは、次はその善を指し示す存在であるヒーローを<br>
どうやって作る（？）のか、という話になります。<br>
<br>
なりますが。<br>
<br>
これ以上長くなると記事をアップする時期が大幅に<br>
遅れてしまいそうなので、一旦ここで区切って<br>
投稿することにします。<br>
<br>
続きはまた次回以降。<br>
<br>
ではではー♪<br>
<br>
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</content>
<author>
<name>pesu1028</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>民主主義国家の末路</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65284191.html" />
<modified>2009-09-16T03:44:08Z</modified> 
<issued>2009-07-22T08:27:50+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:pesu1028.65284191</id> 
<summary type="text/plain">
どーも、ペスです。

この頃の政局は荒れまくってますねー。

しかし、あの【麻生おろし】ってネーミングは
どうなんでしょ？？

仮にも「自分たちが選んだ」日本の代表である総理大臣を
あんな風に言っちゃうってのは、ちょっと、ねぇ・・・。

僕はどっちかと...</summary> 
<dc:subject>学校・教育</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://pesu.livedoor.biz/archives/65284191.html">
<![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
この頃の政局は荒れまくってますねー。<br>
<br>
しかし、あの【麻生おろし】ってネーミングは<br>
どうなんでしょ？？<br>
<br>
仮にも「自分たちが選んだ」日本の代表である総理大臣を<br>
あんな風に言っちゃうってのは、ちょっと、ねぇ・・・。<br>
<br>
僕はどっちかというとイケてない総理を選んだ方に<br>
責任があるんじゃないかと思う一派なんですが、<br>
どうやら政府の方々やメディアの自覚は薄いみたいです。<br>
<br>
そういえば、政局は自民か民主か、みたいになってますけど、<br>
この二元論的な【アレかコレか】という考え方自体が<br>
誤りだということにそろそろわれわれは気付かないと<br>
いけません。<br>
<br>
もうそんな近代的な時代はとっくに終わったのですから。<br>
<br>
今はむしろ【アレはアレ、コレはコレ】という時代。<br>
<br>
つまり、決められた選択肢から選ぶのではなく、<br>
自分で正しいと思う選択肢を作り出さなければ<br>
ならない時代だということです。<br>
<br>
今の日本の政治システムでは決められた選択肢（政党）から<br>
選ぶしか方法はありませんが、それがそもそも既に時代遅れなのです。<br>
<br>
また国が地方すべてを一元的に管理しようっていうのも<br>
近代的な考え方ですから、これも時代遅れ。<br>
（今は近代の次、ポストモダンの時代です）<br>
<br>
橋本知事や東国原知事なんかはこの辺のことを<br>
危惧しているっぽいですが（だから地方分権を<br>
推し進めようとしているのでしょうが）<br>
まだまだ日本の行く末は不安定ですねー。<br>
<br>
<br>
さてさて、冒頭から珍しく政治ネタに触れたところで<br>
今回は政治の本体である【国家】に関わる話を<br>
していきたいと思います。<br>
<br>
国家と言えばプラトンです。<br>
<br>
プラトンの著作【国家】はあまりにも有名ですね。<br>
<br>
読んだことはなくても、名前ぐらいは聞いたことが<br>
あるんじゃないでしょうか？？<br>
<br>
内容はザックリ言えば<br>
<br>
「正義って何なんだろう？」<br>
<br>
「個人の正義を考えてたら長くなりそうだから<br>
　個人の集まりである国家の正義を最初に考えて<br>
　それを最終的に個人に当てはめよう」<br>
<br>
という感じ。<br>
<br>
そんな話が延々会話形式で進んでいきます。<br>
<br>
その中でプラトンは民主制（民主主義）について<br>
言及しているんですが、これがねー、なんというか<br>
面白いことに今の日本の状況そのまんまなんですよ。<br>
<br>
思わず<br>
<br>
「すげーよ、プラトン」<br>
<br>
と呟いてしまうほどに、そのまんま（笑）<br>
<br>
プラトンは民主制について<br>
<br>
<strong><br>
民主制は、〈自由〉を善と規定する。<br>
<br>
他方で民主制は、支配者に従順な者たちを、<br>
自分から奴隷になるようなつまらぬやつらだと<br>
辱しめるだろう。<br>
<br>
個人的にも公共的にも賞賛され尊敬されるのは、<br>
支配される人々に似たような支配者たち、<br>
支配者に似たような被支配者たちだということになる。<br>
<br>
このような国家においては、必然的に、自由の風潮はすみずみにまで<br>
行きわたって、その極限に至らざるをえないのではないかね？<br>
<br>
たとえば父親は子供に似た人間となるように、また息子たちを<br>
恐れるように習慣づけられ、他方、息子は父親に似た人間となり、<br>
両親の前に恥じる気持ちも恐れる気持ちもなくなる。<br>
<br>
自由であるためにね。<br>
<br>
そして居留民は市民と、市民は居留民と、平等化されて<br>
同じような人間となり、外人もまた同様だということになる。<br>
<br>
このような状況のなかでは、先生は生徒を恐れてご機嫌をとり、<br>
生徒は先生を軽蔑し、個人的な養育掛りの者に対しても同様の<br>
態度をとる。<br>
<br>
一般に、若者たちは年長者と対等に振る舞って、言葉においても<br>
年長者と張り合い、他方、年長者たちは若者たちに自分を合わせて、<br>
面白くない人間だとか権威主義者だとか思われないために、<br>
若者たちを真似て機智や冗談でいっぱいの人間となる<br>
</strong><br>
（プラトン著【国家】下巻より引用）<br>
<br>
って言ってます。<br>
<br>
つまり<br>
<strong><br>
「民主制は自分勝手で個性のないバカな人間を生み出す」<br>
</strong><br>
ということです。<br>
<br>
まさに<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65282602.html" target="_blank">前回</a>僕が解説した<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65304691.html" target="_blank">相対主義</a>の世の中そのものですよね？<br>
<br>
そしてもう分かったと思いますが、民主主義こそが<br>
相対主義を生み出した原因だったということです。<br>
<br>
<br>
われわれは通常、民主主義国家における自由や平等が<br>
「良いもの」かのような教育を受けます。<br>
<br>
社会主義のソ連は崩壊したし、更に社会主義が行き過ぎた<br>
共産主義は中国みたいになってしまう。<br>
<br>
だからアメリカやヨーロッパ諸国や日本のような自由と平等が<br>
尊重される民主主義が最も優れた政策なんだ、と。<br>
<br>
「最も優れた」とは言わないまでも、それに近いニュアンスで<br>
教育を受けることには違いありません。<br>
<br>
しかし、その「良いもの」を突き詰めた結果がコレです。<br>
<br>
われわれは自由と平等を手に入れた代償として、<br>
民主主義が堕落した個性のない傲慢で凶暴な野蛮人を生み出す<br>
ということを身をもって証明してしまったのです。<br>
<br>
かつて、ハイデガーの弟子であるハンナ・アレントは没個性こそが<br>
悪を生むと言い、トクヴィルは多数者の専制（民主主義）と平等が<br>
思いやりのないバカを生むと言いました。<br>
<br>
そして、プラトンも何千年も前に現在の状況を予見していた。<br>
<br>
民主主義の末路は、それほど自明だったワケです。<br>
<br>
<br>
さてさて。<br>
<br>
民主主義の真実を知ってしまった今、われわれは<br>
何を信じて生きていけばいいのでしょう？<br>
<br>
今のままでは日本はバカと自己中と野蛮人の温床と<br>
化してしまう。<br>
<br>
いや、もう既に温床だと言ってもいいでしょう。<br>
<br>
われわれはこんな人間であふれた世界を<br>
望んではいないはずです。<br>
<br>
出来ることなら、賢くて思いやりのある人間で溢れた世界を<br>
つくっていきたい。<br>
<br>
少なくとも僕はそう思っていますし、ほとんどの人も<br>
そう望んでいると僕は信じています。<br>
<br>
じゃあ、そんな世界を作るにはどうすればいいのか。<br>
<br>
あくまでも僕個人の考えですが、この問題を解決する<br>
キーワードとなるのが、エーリッヒ・フロムが<br>
「自由からの逃走」という著書の中で定義している<br>
<strong><br>
理性的権威<br>
</strong><br>
だと思っています。<br>
<br>
理性的権威というのは、尊敬とか感謝とか<br>
人々のそういった感情から生まれてくる権威のことです。<br>
<br>
例えば、会社に尊敬出来る上司がいたとしましょう。<br>
<br>
仕事は早いし、気遣いも細かい。<br>
<br>
気前は良いし、部下にも大人気。<br>
<br>
昼ご飯もいつもおごってくれる。<br>
<br>
そんな神様のような上司が「この仕事、手伝ってくれない？」<br>
と頼んできて断る人はまずいないでしょう。<br>
<br>
これは上司だから断れないという感情もあるかもしれませんが、<br>
それ以上に【この人の頼みなら喜んで！】という感情も<br>
あると思うんですね。<br>
<br>
そういう感情を起こさせる権威が理性的権威です。<br>
<br>
イチローがボール拾いを頼んで断る一般人がいるか、<br>
って話ですよ、要するに（笑）<br>
<br>
みんな喜んでボール拾いするだろう、と。<br>
<br>
この場合、一般人はイチローの理性的権威に服従した、<br>
ということになります。<br>
<br>
服従って言うとイメージ悪いですけど、現実には<br>
「喜んで引き受けた」ってことです。<br>
<br>
通常、権威とは圧力的でイヤなイメージがありますが、<br>
理性的権威はむしろ喜んで受け入れたくなるような<br>
そーゆー感情を引き起こすものです。<br>
<br>
さて、この理性的権威が今の時代にどう役に立つのか。<br>
<br>
その辺の話は乞うご期待（笑）<br>
<br>
ではではー。<br>
<br>
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<name>pesu1028</name> 
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