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<title>ペス.COM</title>
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<description>ペス.COM】は、ペスの、ペスによる、ペス哲学を広めるためのコラムブログです（笑）ペス的哲学、ペス的心理学、ペス的社会論、ペス的自分探し論などなどを書いています。少しでも気になったら読んでみて下さい。更新は・・・気まぐれに。







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 <title>ペス.COM</title>
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<title>ベーシックインカムと道徳</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65276637.html</link>
<description>
どーも、ペスです。

前回のベーシックインカム関連記事について
コメントがありましたので最初はそれに答える形で
記事を書いていこうと思います。


前にもどこかに書いたような気がしますが、
僕はベーシックインカムについては反対派です。

それは前回の最...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2009-07-03T02:02:34+09:00</dc:date>
<dc:subject>社会</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
前回のベーシックインカム関連記事について<br>
コメントがありましたので最初はそれに答える形で<br>
記事を書いていこうと思います。<br>
<br>
<br>
前にもどこかに書いたような気がしますが、<br>
僕はベーシックインカムについては反対派です。<br>
<br>
それは前回の最後にも書いたように、<br>
<strong><br>
平等を突き詰めると、不平等が起こるから<br>
</strong><br>
という理由から。<br>
<br>
じゃあ平等とは何なのか、という議論はまたの機会に<br>
するとして、とにかく、一般的な意味での平等というのは<br>
不平等に成らざるを得ない要素を含んでいると僕は考えています。<br>
<br>
そういった意味で前回は社会的倫理観、つまり、<br>
「働かない」・「働けない」という側面から<br>
ベーシックインカムについて切り込んだワケですが、<br>
今回は<br>
<br>
【どうやったらベーシックインカム的な制度が<br>
　上手く回るのか】<br>
<br>
というのをメインに僕の意見を書いてみようと思います。<br>
<br>
よかったらお付き合い下さい。<br>
<br>
<br>
まずは、せっかくコメントを頂いたので<br>
その辺のことについて書いてみます。<br>
<br>
ベーシックインカムは【福祉】ではなく元々は<br>
【配当】と考えられていた、という内容については<br>
僕は不勉強なので何とも言えません。<br>
<br>
ただ、福祉とは何なのか、配当とは何なのか、<br>
と定義を明確にしようとすると、僕が調べた限りでは<br>
<strong><br>
福祉は、国民であれば無条件に得られる公的権利<br>
<br>
配当は、国民であっても国に何らかのメリットを<br>
もたらす者だけしか得られない私的権利<br>
</strong><br>
になるのではないかと思います。<br>
<br>
つまり、ベーシックインカムが配当であるならば<br>
国への貢献度によって個人個人に配当される額が異なる、<br>
といことです。<br>
<br>
ってことは、これを平等と呼ぶのかどうかが<br>
重要な論点になります。<br>
<br>
僕自身はこれは平等だと思いますが、人によっては<br>
誰もが均等の額を受け取ることを平等と呼ぶ場合も<br>
あるでしょう。<br>
<br>
ルイ・エバンという人はカトリック信者の視点、<br>
つまり【神】対【人間】という捉え方で人間を見ているので<br>
<a href="http://www.anti-rothschild.net/material/41_07.html#content_06" target="_blank">あーゆー発想（平等）</a>になるんだと思いますが、<br>
結局のところ、実際に実現可能なのかどうかが<br>
僕は最も重要だと思うんですね。<br>
<br>
だって、そうじゃないと話が前に進みませんから。<br>
<br>
理想とか理念とか理論を語るのはある程度の知識や思考力が<br>
あれば誰でも出来ます。<br>
<br>
でも、計算上は上手くいくはず、ということが<br>
現実には上手くいかないことが往々にしてあるのです。<br>
<br>
その理論に間違いがないかどうかはその理論内では証明出来ない、<br>
って20世紀の知の巨人ゲーデルも言ってますしね。<br>
<br>
<br>
というワケで、ここからは現実的な話に入っていきましょう。<br>
<br>
やっと本題。<br>
<br>
今までの話は何だったんだ・・・（笑）<br>
<br>
どうやったらベーシックインカム的な制度は<br>
上手くいくのか。<br>
<br>
これが本題でした。<br>
<br>
忘れてたら思い出して下さい。<br>
<br>
ただ、こんなこと言いながら僕はベーシックインカムには<br>
反対だと言っている。<br>
<br>
一体どっちなんだと思われるかもしれませんが、<br>
どっちも、です。<br>
<br>
敢えてベーシックインカム【的な】とか<br>
意味深な言葉を付けていたのはそのため。<br>
<br>
ベーシックインカムは無理かもしれないけども、<br>
ベーシックインカム的なことは出来るかもねー、と。<br>
<br>
それが僕の立場だと思って下さいませ。<br>
<br>
じゃあベーシックインカム的なものとは何なのか<br>
というと、僕は【道徳】だと思っています。<br>
<br>
<br>
前にも書いた通り、僕はベーシックインカムの<br>
考え方は好きです。<br>
<br>
経済的余裕を手に入れれば、人はしたことだけをすることが出来て、<br>
それによって生産性も上がるのではないか、という考えは、<br>
現実的ではありませんが、実現すれば素晴らしいことだと思います。<br>
<br>
思いますが、やっぱり現実にそんな理想のユートピアは<br>
作れないと思うんですよ。<br>
<br>
100万年に一度しかエラーが出ないはずだったアメリカの<br>
金融デリバティブでさえ、サブプライムよろしく５年で<br>
破綻しちゃったんだから。<br>
<br>
ってことは、結局、決め事（理論）ではどう頑張っても<br>
上手くいかないということが近年分かってきたワケです。<br>
（昔から見て見ぬふりをしてたらしいけど・・・）<br>
<br>
そこで登場するのが、道徳。<br>
<br>
分かり易く言えば、人の善なる心、です。<br>
<br>
こう言っちゃうと何か宗教っぽくなってしまいますが、<br>
全くそんな意味は込めていません。<br>
<br>
単に場面場面における個人の気遣いみたいなもののことです。<br>
<br>
電車で席をゆずったり、道に迷ってる人を案内してあげたり、<br>
そーゆーやつ。<br>
<br>
その【心】を育てることで、ベーシックインカム的な<br>
社会が成り立つんじゃないかと僕は思っています。<br>
<br>
「それこそ理想論じゃないの？」<br>
<br>
という声が聞こえてきてもおかしくない発言ですが、<br>
僕の中でこれは理想論（ロマン主義）ではありません。<br>
<br>
もちろん、完璧にこれを成功させることは出来ないと<br>
思います。<br>
<br>
ですが、８割・９割ぐらいのレベルであれば<br>
実現可能なんじゃないか、と。<br>
<br>
なんで実現可能だと思うのか、という話は<br>
恐ろしく長くなってしまうので今は割愛しますが、<br>
僕はルソー的な考え方がすごい好きなんですね。<br>
<br>
ルソーは<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4003362322?ie=UTF8&tag=seikatsukou07-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4003362322">人間不平等起原論 </a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=seikatsukou07-22&l=as2&o=9&a=4003362322" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />という著書の中で<br>
<br>
<strong><br>
人間は生まれながらにして不平等である。<br>
<br>
しかし、それ故に弱い者は強い者を見習い修練し、<br>
強い者は弱い者を助けてやらねばならぬ。<br>
</strong><br>
<br>
という主旨のことを言っています。<br>
<br>
この考え方が僕の心から離れないのです。<br>
<br>
そして、これこそがベーシックインカム的な社会を<br>
実現するための一つのキーだと思っています。<br>
<br>
【能力の均衡】<br>
<br>
【切磋琢磨】<br>
<br>
こういった思想が最大の生産性を生み、育て、<br>
一般的な平等という概念を凌駕するために<br>
必要なものではないでしょうか。<br>
<br>
<strong><br>
弱い者は強い者を見習い、強い者は弱い者を助ける。<br>
</strong><br>
<br>
大事な言葉だと思うんだけどなー。<br>
<br>
ではでは。<br>
<br>
<center><a href="http://pesu.livedoor.biz"><strong>【ペス.ＣＯＭ】</strong>トップへ</a>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://pesu.livedoor.biz/archives/65271462.html">
<title>ベーシックインカムと社会的倫理観</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65271462.html</link>
<description>
どーも、ペスです。

前回の記事を書いてからちょこちょこ【ベーシックインカム】
というキーワードでブログに来る人が現れ始めました。

僕は実はベーシックインカム関連の書籍は一切読んでないので
ただ概念を知っているに過ぎないのですが、世間では結構
話題に...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2009-06-28T01:42:38+09:00</dc:date>
<dc:subject>社会</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
前回の記事を書いてからちょこちょこ【ベーシックインカム】<br>
というキーワードでブログに来る人が現れ始めました。<br>
<br>
僕は実はベーシックインカム関連の書籍は一切読んでないので<br>
ただ概念を知っているに過ぎないのですが、世間では結構<br>
話題になってるんですねー。<br>
<br>
まぁ自分達の生活に直接影響の出る考え方だから<br>
興味があるのは当然と言えば当然か。<br>
<br>
かくいう僕は、そーゆー実利的な側面には全く興味はなく、<br>
どちらかと言えば【ベーシックインカムという考え方】<br>
それ自体に興味があります。<br>
<br>
哲学好きの嵯峨ですかね（笑）<br>
<br>
考えることが楽しい。<br>
<br>
そんなワケで、今回はなるべく難しい概念を交えずに<br>
社会的倫理観という視点からベーシックインカムを<br>
語ってみようと思います。<br>
<br>
<br>
まずは社会的倫理観の話から始めましょう。<br>
<br>
僕がここで言う社会的倫理観とは<br>
<strong><br>
働かざるもの、食うべからず<br>
</strong><br>
という世間一般に常識だと思われている倫理観です。<br>
<br>
当たり前と言えば当たり前ですよね？<br>
<br>
働いてない、つまり誰の役にも立ってないんだから<br>
そんなヤツに飯を食う資格はない、と。<br>
<br>
これは今の世の中だったら誰もが認めることだと<br>
思われます。<br>
<br>
しかし、です。<br>
<br>
もしベーシックインカムが採用されたと仮定したならば、<br>
<strong><br>
働かざるものも食ってよし<br>
</strong><br>
という変化をもたらしはしないでしょうか？<br>
<br>
これはある意味で基本的人権の尊重ではありますが、<br>
僕は個人的に【働かない人】と【働けない人】は<br>
一緒にしちゃいけないと思うのです。<br>
<br>
社会的倫理観の話にちょっと戻りますが、<br>
ここでの前提は<br>
<br>
【<strong>働かざるもの</strong>、食うべからず】<br>
<br>
でしたよね？<br>
<br>
それは決して<br>
<br>
【<strong>働けないもの</strong>、食うべからず】<br>
<br>
ではありません。<br>
<br>
この辺にベーシックインカムの社会主義的な問題が<br>
孕んでいる気がするんですよねー。<br>
<br>
<br>
某堀江氏（笑）はこの社会的倫理観を「古いのかもしれない」と<br>
ブログに書いていました。<br>
<br>
彼が言うには、<br>
<br>
「30万円かけて20万円の利益しか生み出さないような仕事が<br>
世間には溢れている」<br>
<br>
「そんな仕事を無理矢理生み出して非生産的なことを<br>
するぐらいならお金の無い人に直接20万円あげた方が<br>
実質10万円の利益が出るんじゃないか」<br>
<br>
と。<br>
<br>
そーゆー考え方のようです。<br>
<br>
僕もこれは一理あると思います。<br>
<br>
特に公共機関などの仕事については、さもありなん、<br>
という感じですし。<br>
<br>
ただ、この考え方が常識化すると、今度は<br>
<strong><br>
働かないヤツが得をする<br>
</strong><br>
という誤った価値観が生まれてしまう危険性があります。<br>
<br>
実際、働かないヤツはお金をもらえるのに<br>
働いてる人は税金を取られるワケですからね。<br>
<br>
そりゃそーゆーことも言いたくなるだろう、と。<br>
<br>
要は、何でも平等にすりゃいいってもんじゃないよね？<br>
ということです。<br>
<strong><br>
平等と専制が結合することになれば、心情と知性の一般的水準は<br>
低下の一途をたどるだろう<br>
</strong><br>
ってトクヴィルも言ってますし。<br>
<br>
あ、これは民主主義の話か。<br>
<br>
まあともかく、平等を突き詰めると不平等が生まれる、<br>
ってことが言いたかったんです、僕は。<br>
<br>
<br>
国民全員が自分のやりたいことが出来るように<br>
国が生活費を補償する。<br>
<br>
この考え方自体は素晴らしいことだとは思いますが、<br>
どこまで国民を国に依存させる気なんだ・・・とも思います。<br>
<br>
いや、むしろ後者の方が強く思う。<br>
<br>
【国とは何なのか？】【なぜ国が必要なのか？】っていうのを<br>
一度でいいから考えてみて欲しいなー。<br>
<br>
<br>
ではでは。<br>
<br>
<center><a href="http://pesu.livedoor.biz"><strong>【ペス.ＣＯＭ】</strong>トップへ</a>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://pesu.livedoor.biz/archives/65253927.html">
<title>ベーシックインカムとバーリンの自由論</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65253927.html</link>
<description>
どーも、ペスです。

GMがついに破産申告しましたねー。

リーマンの倒産といいGMの破産といい、
いよいよ近代企業崩壊の時代か、といった
雰囲気をかもし出している今日この頃ですが、
いかがおすごしでしょうか？

時代が大きく変わろうとしているのはもう誰の...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2009-06-04T10:06:21+09:00</dc:date>
<dc:subject>社会</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
GMがついに破産申告しましたねー。<br>
<br>
リーマンの倒産といいGMの破産といい、<br>
いよいよ近代企業崩壊の時代か、といった<br>
雰囲気をかもし出している今日この頃ですが、<br>
いかがおすごしでしょうか？<br>
<br>
時代が大きく変わろうとしているのはもう誰の目にも<br>
明らかだと思います。<br>
<br>
中でも一番目立っているのは自動車産業ですね。<br>
<br>
お国はこの自動車産業を支えようと高速道路を千円に<br>
してみたり、エコポイント制度を取り入れてみたり<br>
必死こいてますが、ガタがくるのは時間の問題でしょう。<br>
<br>
だって時代が求めてないんだから。<br>
<br>
ただトヨタやホンダを倒産させてしまうのは<br>
さすがにマズイだろなぁ・・・。<br>
<br>
では本日の本題へ。<br>
<br>
<br>
今日はいつもよりもやや小難しい話を書いてみようかと<br>
思います。<br>
<br>
あ、いや、これは別にわざと小難しい話を選んでいるワケではなく、<br>
たまたま書きたいと思ったテーマが多少難しいものだった、<br>
というだけの話なんですけどね。<br>
<br>
で。<br>
<br>
早速話に入っていきます。<br>
<br>
まずはタイトルにある「ベーシックインカム」とはなんぞや、<br>
という話からしていきましょう。<br>
<br>
ベーシックインカムとは、国が国民全員の最低限の<br>
生活を保障しよう、という考え方です。<br>
<br>
これは生存権とか基本的人権とかそーゆーのじゃなくて、<br>
もうちょっと現実的に<br>
<br>
「贅沢しなけりゃ暮らせるぐらいのお金はあげます」<br>
<br>
みたいな。<br>
<br>
もっとリアルに言えば、毎月１０万円あげるから<br>
今より贅沢したいと思ったときだけ自分で頑張って<br>
稼ぎなさい、という感じ。<br>
（かなり極端な例ですが　苦笑）<br>
<br>
パッ見はびっくりするぐらい社会主義的なんだけど、<br>
深く探るとどうやらそんな単純な話でもないらしいです。<br>
<br>
<br>
さて、ベーシックインカムの説明は取り敢えず置いといて、<br>
続いてはバーリンの自由論の説明。<br>
<br>
バーリンが何者なのか、というのはウィキペディアで<br>
調べてもらうとして、彼の自由論は知っておく価値が<br>
あると思います。<br>
<br>
バーリンの提唱している自由論は【積極的自由】と<br>
【消極的自由】という２つの概念から成り立っているんですが、<br>
これがねー、結構面白いんですよ。<br>
<br>
【積極的自由】というのは「～への自由」と表現され、<br>
僕は「今持っている自由を広げる自由」という風に<br>
この概念を捉えています。<br>
<br>
対する【消極的自由】というのは「～からの自由」と表現され、<br>
これも僕は「今持っていない自由を獲得する自由」という風に<br>
この概念を捉えています。<br>
<br>
僕が思うに前者は【自然権的自由】、後者は【市民権的自由】<br>
ではなかなー、と思うんですよね。<br>
<br>
やや単純化し過ぎてるかもれませんが。<br>
<br>
これらを言い換えるなら【人間としての自由】、【市民としての自由】<br>
という感じでしょうか。<br>
<br>
<br>
人間として自由を捉えたとき、そこに規制（法）はありません。<br>
<br>
よくも悪くもそこは無法地帯。<br>
<br>
ボッブズやルソーの話はここでは出しませんが、<br>
自然状態では人間の自由は本人に依存します。<br>
<br>
分かり易く言えば、全てが自己責任、ってことです。<br>
<br>
ご飯が食えなくてもいきなり誰かに殺されても<br>
自分を守れなかった自分が悪い。<br>
<br>
逆に何を奪おうが誰を殺そうがやられたヤツが悪い、<br>
という理屈も通用してしまうのがこの自己責任論です。<br>
<br>
これがバーリンの言う【積極的自由】だと<br>
僕は個人的に思っています。<br>
<br>
【積極的自由】　＝　【自然権的自由】　<br>
<br>
とまでは言わないものの、それに近いものを<br>
僕は感じています。<br>
<br>
ただ積極的自由は「私」が「我々」に発展した際に<br>
全体主義を生み出す危険性があるとして、<br>
この思想に反対している学者が多いとか。<br>
<br>
ま、今はそんなこと気にせず好き放題書きます（笑）<br>
<br>
<br>
続いて。<br>
<br>
僕の言う市民としての自由というのは<br>
法律を守った上で成り立つ自由のことです。<br>
<br>
こっちの方が一般の人には馴染み易いと思いますが、<br>
要するに一般の人がイメージする自由のこと。<br>
<br>
公園で遊ぶとか、スーパーで買い物するとか、<br>
転職するとか、家を持つとか、そんなのです。<br>
<br>
これが【消極的自由】なんじゃないかと。<br>
<br>
これも<br>
<br>
【消極的自由】　＝　【市民権的自由】<br>
<br>
とまでは言い切れませんが、個人的には<br>
かなり近いものを感じます。<br>
<br>
<br>
ここからがやっと本題（笑）<br>
<br>
<br>
じゃあ我々が求めるべき自由は何なのか。<br>
<br>
それを考えていってみます。<br>
<br>
まずは日本の一般論として、<br>
<br>
「お金があれば働かなくていい（自由になれる）」<br>
<br>
と思っている人は大勢いると思います。<br>
<br>
そう思ってなければ宝くじなんてものは<br>
売れないでしょうから。<br>
<br>
ではベーシックインカム制度が導入されたと仮定して<br>
生活に必要な最低限の収入が保証されたとしましょう。<br>
（これに伴うリスクは取り敢えず今は考えません）<br>
<br>
これで労働という束縛から解放されました。<br>
<br>
働かなくても生きていくことが出来ます。<br>
<br>
でも、これって本当に自由なんでしょうか？<br>
<br>
「労働からの自由」というのを当てはめれば<br>
これはバーリンの言う消極的自由を<br>
獲得したことになります。<br>
<br>
ただいくら働かなくてもよくなったからと言っても<br>
車や家や服なんかは欲しいですよね？<br>
<br>
というか、贅沢したいときはありますよね？<br>
<br>
この時点で今度は「買えない不自由」<br>
という拘束（壁）が登場するワケです。<br>
<br>
働かなくてもいいけど、買いたいものが買えないんじゃ<br>
それは自由とは言えないんじゃないか、と。<br>
<br>
じゃあ今度はベーシックインカムを更新した<br>
スーパーべシックインカム制度を導入したと<br>
仮定しましょう（スーパーって何なんだ・笑）<br>
<br>
あなたの口座には毎月100万円勝手に振り込まれます。<br>
<br>
夢のようですね。<br>
<br>
お国さまさまです。<br>
<br>
これならちょっと節約して生活すれば車も買えるし、<br>
２年ぐらい貯金すればキャッシュで家が買えます（笑）<br>
<br>
これで多分お金の拘束からは解放されました。<br>
<br>
じゃあこれで本当の本当に自由になれたんでしょうか？<br>
<br>
<br>
そういえば、俺、モテないじゃん・・・<br>
<br>
<br>
今度はなんと、恋人がいないという人間的な障壁が<br>
浮かび上がってきました。<br>
<br>
ちなみにこの拘束から解放してもまた次が出てきます。<br>
<br>
で。<br>
<br>
最終的に行き着くのが、全部手に入れたけど、<br>
何か物足りないなー、という障壁（感覚）。<br>
<br>
ここからが積極的自由（自由を広げる）の世界です。<br>
<br>
ただ注目して欲しいのは、この積極的自由な人間は<br>
通り魔殺人的にバンバン人を殺したりするのか、ってこと。<br>
<br>
人のモノを奪ったり盗んだりするでしょうか？<br>
<br>
僕が思うに、多分そんなことはしないと思うんですよ。<br>
<br>
つまり、この時点で積極的自由の概念が変わっていることに<br>
気付いて欲しいのです。<br>
<br>
単純に積極的自由と消極的自由の話をする場合には<br>
両者は対立するものとして扱われていますが、<br>
僕が思うに、本当の意味での積極的自由というのは<br>
消極的自由を踏まえて乗り越えた状態ではないかと<br>
思うんですね。<br>
<br>
アウフヘーベン的に。<br>
<br>
自己理性的自由と言い換えてもいいかもしれません。<br>
<br>
自らの理性（善）に従って、自らの欲求（目標・壁）を設定し、<br>
自らの努力によって自由（可能性）を広げていく。<br>
<br>
これを目指すべきじゃないかと僕は思うワケです。<br>
<br>
<br>
そしてそして。<br>
<br>
ここから話は急展開するんですが、ベーシックインカムなんかに<br>
頼ってちゃ、その自由というのは獲得出来ないんじゃないか、<br>
というのが今の僕の見解です。<br>
<br>
前提全崩し（笑）<br>
<br>
今までの話は何だったんだ、って感じですが<br>
お許し下さい（笑）<br>
<br>
というか、そもそも論としてベーシックインカム制度は<br>
上手くいかない、というのが僕の立場なんですよ。<br>
<br>
まぁ根拠は色々あるんですが、ひとつ大きいのは<br>
経済的に平等な社会は個人的に不平等な社会だからです。<br>
<br>
仮に毎月10万円を国民全員がもらえるとして、<br>
その税はどこから徴収されるかというと、<br>
一生懸命働いた人から徴収されるワケですよ。<br>
<br>
反面、働いてない人は税金を払わずに毎月10万円もらえる。<br>
<br>
これのどこが平等なんだ、と。<br>
<br>
典型的な社会主義崩壊の公式です。<br>
<br>
ただまぁこれはベーシックインカムの考え方を<br>
単純化し過ぎているので、利他主義なんかを<br>
取り入れていけば上手くいく可能性もあります。<br>
<br>
難しいとは思いますが。<br>
<br>
とにかく。<br>
<br>
与えられた自由というのは、結局自由でも何でもないんだ、<br>
ということが僕は言いたいのです。<br>
<br>
それは自由を与えたと見せかけた拘束に過ぎません。<br>
<br>
もうこれ以上深くは突っ込みませんが、<br>
日本の民主主義は本当に【民主】主義なのかというのを<br>
考えれば自ずと答えは見えてくると思います。<br>
<br>
そして本当の自由とは、自ら壁を乗り越えた結果としてしか<br>
手に入らないんだということを分かってもらえればなー、<br>
と思う次第です。<br>
<br>
長々と読んで頂き、ありがとうございました。<br>
<br>
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</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://pesu.livedoor.biz/archives/65244954.html">
<title>趣味と仕事の関係</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65244954.html</link>
<description>
どもー、ペスです。

どうやら僕は朝にシャワーを浴びている時が
一番アイデアを閃きやすいようです。

ってなワケで今日も閃いてしまいました。

「趣味って何だろう？」って。

もうちょっと厳密に言えば
「趣味を趣味たらしめているものは何だろう？」って。...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2009-05-06T14:28:47+09:00</dc:date>
<dc:subject>社会</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どもー、ペスです。<br>
<br>
どうやら僕は朝にシャワーを浴びている時が<br>
一番アイデアを閃きやすいようです。<br>
<br>
ってなワケで今日も閃いてしまいました。<br>
<br>
「趣味って何だろう？」って。<br>
<br>
もうちょっと厳密に言えば<br>
「趣味を趣味たらしめているものは何だろう？」って。<br>
<br>
よく世間では趣味と仕事は別にしたい、とか<br>
趣味を仕事に出来た人は幸せだと思う、とか<br>
色々言われるけど<br>
<br>
「趣味と仕事って何が違うの？」<br>
<br>
「趣味を仕事に出来ない人は、なぜそう出来ないんだろ？」<br>
<br>
「仕事と趣味が一緒なら、本当に幸せなんだろうか？」<br>
<br>
という、もろもろのことを思ったワケです。<br>
<br>
んで。<br>
<br>
まずは趣味を趣味たらしてめているものを考えてみました。<br>
<br>
案外簡単に見つかってビックリしてるんですが、<br>
僕が思うに、趣味を趣味たらしめている要素は<br>
主に２つです。<br>
<br>
　●　中途半端さ<br>
　●　世間的認知度の低さ<br>
<br>
これだけ。<br>
<br>
この２つを無くせば趣味は仕事になるんじゃないか、<br>
ってのが今のところの僕の見解です。<br>
<br>
一応説明しときます。<br>
<br>
<br>
●　中途半端さ<br>
<br>
これは読んで字の如く、そのまんま。<br>
<br>
例えば<br>
<br>
「俺はピアノを弾くのが趣味なんだ」<br>
<br>
という人はある意味<br>
<br>
「俺は中途半端にピアノを弾いてるんだ」<br>
<br>
と言っているんじゃないか、ってことです。<br>
<br>
あ、これは別に軽蔑してるワケじゃないので<br>
そーゆー風には捉えないでね。<br>
<br>
他にも<br>
<br>
「私は料理が趣味なんです」<br>
<br>
という人も恐らく<br>
<br>
「私は中途半端に料理やってるんです」<br>
<br>
と言っているようなものだと思います。<br>
<br>
公言しなくとも、心のどこかでそーゆー意識があるから<br>
「趣味なんです」という言い方になるんじゃないか、と。<br>
<br>
仮に中途半端じゃなく本気でやっているなら、<br>
「趣味なんです」なんてことは言えないし、<br>
言わないと思うんですね、僕は。<br>
<br>
まあ謙遜で言ってる可能性も否定はしませんけど。<br>
<br>
そんな感じ。<br>
<br>
<br>
●　世間的認知度の低さ<br>
<br>
これも読んで字の如くなんですが、<br>
いくら本気でやってても誰にも知られなけりゃ<br>
それは仕事にはならんでしょ、ってことです。<br>
<br>
また一方で、世間的認知度が高くても<br>
中途半端さ（意識の低さ）があれば<br>
それも多分仕事にはならない。<br>
<br>
<br>
趣味が高じて仕事になった、という人が世の中にはいますが、<br>
上記の２つの要素によってこれが説明出来ます。<br>
<br>
つまり、趣味でやってたつもりが段々本気になって、<br>
本気になってやってたら質の高さがクチコミで広がって<br>
どこからともなく仕事の依頼が来た、という感じ。<br>
<br>
この場合、クチコミで広がるかどうかは<br>
完成されたものの質の高さに依存します。<br>
<br>
また、クチコミが起こるかどうかは本人の交友関係や<br>
公的活動（ブログで公開している等）の範囲に依存します。<br>
<br>
話は戻りますが、僕の考えが正しければ、【中途半端さ】と<br>
【世間的認知度の低さ】さえ取り除けば、それはもはや<br>
趣味ではなく仕事に成り得る、ということです。<br>
<br>
<br>
じゃあ逆はどうでしょ？<br>
<br>
仕事を趣味にすることは可能なのか？<br>
<br>
これを考えるにも、仕事を仕事たらしめている要素を<br>
考えないと多分見えてきません。<br>
<br>
これは僕が考えるに主に１つ。<br>
<br>
　●　生活の維持（金銭的不安）<br>
<br>
これを無くせば仕事は仕事ではなく、個人の好み、<br>
つまり趣味にすることが可能なんじゃないか、と。<br>
<br>
こっちも一応説明しときます。<br>
<br>
<br>
●　生活の維持（金銭的不安）<br>
<br>
要はお金のこと。<br>
<br>
自分が普通に生活出来る程度のお金があれば<br>
「しなければならない」という強制を受ける仕事を<br>
する必要はなくなります。<br>
<br>
仮に、毎月１００万円を無条件で振り込みます、<br>
みたいなことが世の中に起こり得るならば、<br>
恐らく仕事は全部趣味になるんじゃないかと。<br>
<br>
（※　こーゆー仕組みをベーシックインカムという）<br>
<br>
<br>
ただ、仕事を趣味にするのはやっぱり非現実的だし、<br>
個人的には趣味を仕事にする方が健全だと思います。<br>
<br>
もし金銭的に自由だという理由から仕事を選ぶとしたら、<br>
その仕事は傲慢にならざるを得ない気がするしね。<br>
<br>
なぜなら実力のないヤツでさえ<br>
<br>
「俺はいつ辞めてもいいんだぜ？」<br>
<br>
みたいな態度で仕事が出来ちゃうから。<br>
<br>
それはそれでいかがなものかと・・・。<br>
<br>
趣味が仕事になっても傲慢さは出てくるかもしれないけど、<br>
こっちの傲慢さは実力に由来してるから、ほとんどは許せる。<br>
<br>
ってかそれこそが仕事の最高峰だとさえ思う。<br>
<br>
ま、こんなこと言いつつも、本当の実力者は<br>
往々にして傲慢どころか寛大なんだけどねー。<br>
<br>
では。<br>
<br>
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</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://pesu.livedoor.biz/archives/65243048.html">
<title>リクルート就活人気ランキングに見る時代性</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65243048.html</link>
<description>
どーも、ペスです。

先日の朝、たまたま「とくダネ」のオープニングで
小倉さんが就活人気ランキングについて
喋っているのを見ました。

その情報によるとリクルートの調査では、どうやら今年は
インフラ関連の企業に人気が移り、
大企業がやたら不人気になって...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2009-04-12T07:26:17+09:00</dc:date>
<dc:subject>社会</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
先日の朝、たまたま「とくダネ」のオープニングで<br>
小倉さんが就活人気ランキングについて<br>
喋っているのを見ました。<br>
<br>
その情報によるとリクルートの調査では、どうやら今年は<br>
インフラ関連の企業に人気が移り、<br>
大企業がやたら不人気になっている、とのこと。<br>
<br>
一応ヤフーでも確認しましたが、やはり似たようなことが<br>
書かれていました。<br>
<br>
いやはや、いよいよここまで来たか、って感じですね。<br>
<br>
ちょっと前に大阪市（だったかな？）が中途雇用の<br>
求人を出したら倍率が３００倍ぐらいになった、<br>
みたいなニュースがありましたが、その状況と<br>
似ています。<br>
<br>
この理由を問えば誰もが<br>
<br>
「不況だから」<br>
<br>
と答えるでしょうが、それって考えて出した<br>
答えですか？と僕は問いたい。<br>
<br>
世間がニュースが偉い人達が「不況だ」とか言ってて、<br>
トヨタやパナソニックみたいな大企業が業績不振で、<br>
バタバタと企業が潰れるからインフラを選ぶんでしょうか？<br>
<br>
それはちょっと短絡的過ぎやしないかい？と<br>
僕なんかは思ってしまうワケです。<br>
<br>
なぜそんなことを思うのか。<br>
<br>
それはあまりにも【時代性】というものが<br>
見過ごされているからです。<br>
<br>
<br>
では、ちょっとだけ平成という時代を振り返ってみましょう。<br>
<br>
<br>
まず、平成バブルと呼ばれていた時代。<br>
<br>
僕が小学生になるぐらいまではバブルだったはずなんで、<br>
大体１７か１８年前といったところかな。<br>
<br>
この頃はどこも羽振りがいいから民間企業の人気が分散。<br>
<br>
企業の内定合戦なんて言われて学生の内定を奪い合うぐらい<br>
どこの企業も潤っていました。<br>
<br>
つまり、中小企業も人気があり、逆に好景気の恩恵を<br>
受けられない公務員は給料が安いと見下される傾向すら<br>
あったワケです。<br>
<br>
<br>
そのバブルが終わり、９０年代後半。<br>
<br>
今度は平成不況と呼ばれる時代に突入します。<br>
<br>
大企業も方向転換をやむなくされ、<br>
ソニーがプレイステーションというゲーム業界に<br>
殴りこみをかけたのもこの時代。<br>
<br>
ソニーは当たりましたが、セガは大ハズレでした。<br>
<br>
あと、任天堂もかなり苦しんだ時代です。<br>
<br>
この頃は何が人気だったかというと、<br>
主に公務員。<br>
<br>
今度はみんな安定を求め始めたワケです。<br>
<br>
そういえばデカイ金融機関が潰れたのも<br>
この時期でしたねー。<br>
<br>
バブルを経験していない僕ら世代にとっては<br>
銀行が潰れることはもはや常識なんですが・・・。<br>
<br>
<br>
００年代前半になると「ほりえもん」の登場を筆頭とする、<br>
ベンチャー企業人気。<br>
<br>
なぜかは知らないけど<br>
<br>
「今はベンチャー企業が熱い！」<br>
<br>
みたいな風潮が世に出始めました。<br>
<br>
この頃は中小企業というよりも<br>
出来て間もないベンチャー企業が人気で<br>
大企業に就職出来るような高学歴の人でも<br>
ベンチャーに乗り込むことが案外多かった。<br>
<br>
<br>
んで、今。<br>
<br>
００年代後半。<br>
<br>
インフラ企業が大人気。<br>
<br>
<br>
まさに時代が反動で動いていると思いません？<br>
<br>
不安定　⇒　安定　⇒　不安定　⇒　安定<br>
<br>
って。<br>
<br>
詳しくは【未来を予見する５つの法則】って本を<br>
読んでもらいたいんですが、要は<br>
<br>
<strong>時代は反動を利用して形を変えながら繰り返す</strong><br>
<br>
ってことが言いたいんです。<br>
<br>
中小企業や大企業　⇒　公務員　⇒　ベンチャー　⇒　インフラ<br>
<br>
ってね。<br>
<br>
例えば公務員もインフラ企業も安定しているという意味では<br>
一緒ですが、種類は全然違います。<br>
<br>
つまり、【安定ブーム】（？）が形を変えて返ってきた、<br>
と見ることが出来る。<br>
<br>
今が安定志向ということは、恐らく次はその反動で<br>
【不安定】なモノに人気が移るだろう、と<br>
ある程度予想できてしまうワケです。<br>
<br>
中小企業や大企業、ベンチャーでもない不安定な就職先というと<br>
次は恐らくは【起業】ではないかと僕は踏んでいます。<br>
<br>
ホントに当たりそうで恐いですが、<br>
結構自信あります（笑）<br>
<br>
いつなのか、っていうのは分からないですけどね。<br>
<br>
まぁ１～３年後ぐらいじゃないかな。<br>
<br>
日本が段々をアメリカ型に移ってきているのは<br>
もう明らかだし、アメリカと言えば起業大国ですから。<br>
<br>
そんな感じでございます。<br>
<br>
朝の報道番組も案外役に立つもんだ（笑）<br>
<br>
<br>
ではではー。 <br>
<br>
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</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://pesu.livedoor.biz/archives/65232313.html">
<title>他者批判的自己批判</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65232313.html</link>
<description>
どーも、ペスです。

今回は【自分探しの摩天楼】から少し離れて
個人的に色々思い巡らしたことを書いてみます。

要は、ペスの自省録です。

もし興味があれば読んでみて下さいな。


ここ最近、僕は【自分探し】を研究するために
ミクシィのコミュニティや教...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2009-04-11T07:10:17+09:00</dc:date>
<dc:subject>社会</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
今回は【自分探しの摩天楼】から少し離れて<br>
個人的に色々思い巡らしたことを書いてみます。<br>
<br>
要は、ペスの自省録です。<br>
<br>
もし興味があれば読んでみて下さいな。<br>
<br>
<br>
ここ最近、僕は【自分探し】を研究するために<br>
ミクシィのコミュニティや教えてGOOといった<br>
大衆サイトをあちこち覗いて回っていました。<br>
<br>
そこには<br>
<br>
「世界中を旅したいけど、その勇気がない」<br>
「生きる意味が分からなくて何もやる気が出ない」<br>
「自分が嫌いだから自分を変えたい」<br>
「何もする気がないなら休めばいい」<br>
「自分も旅をしてるから旅をしてみたら何か見つかるかも」<br>
「友達がたくさん欲しい」<br>
<br>
など、弱者の傷の舐めあいとしか思えないような発言が<br>
溢れている現実がありました。<br>
<br>
それを見て僕は最初<br>
<br>
「いやいやいや、何甘えてるの？」<br>
<br>
「いきなりデカイことばっかり考えてるから<br>
　出来ないんじゃないの？」<br>
<br>
「友達をたくさん作りたいならミクシィで<br>
　メッセージ送りまくるとかやってみたら<br>
　いいじゃん」<br>
<br>
という風に気持ちをイラつかせながら読んでいたんですが、<br>
ある瞬間、ふと、気付いたんです。<br>
<br>
<br>
<font size="4"><strong>「あぁ、自分も変わらないじゃないか」</strong></font>って。<br>
<br>
<br>
確かに人よりかは少しばかり真剣に考えて<br>
多少行動や勉強もしているかもしれない。<br>
<br>
ブログで発言もして少しでも人の役に立てれば、<br>
とか勝手に思ってるかもしれない。<br>
<br>
でも結局その程度じゃないか、と。<br>
<br>
<br>
「お前も【群れていない】という点を除けば<br>
　やってることは他の人と同じじゃないか」<br>
<br>
<br>
そーゆー内なる声が聞こえてきたワケです。<br>
<br>
それと同時に、人を批判する前にまだまだ<br>
自分がやるべきこと、やれることはたくさん<br>
あるじゃないか、って思ったんですね。<br>
<br>
<br>
<font size="4"><strong>「人を批判する前に、まずは自分を省みよ」</strong></font><br>
<br>
<br>
この言葉。<br>
<br>
当たり前のことなのによく忘れます。<br>
<br>
いや、当たり前のことだから、よく忘れます。<br>
<br>
デール・カーネギーを筆頭にいろんな人が言ってることですが、<br>
本当によく忘れる。<br>
<br>
成功哲学とか自己啓発とかそーゆーのは僕は<br>
あまり好きじゃないんですが、それでも<br>
この言葉は重いと思います。<br>
<br>
<br>
人を批判したり人の悪口を言ったりするのは<br>
簡単なんですよね、「言うだけ」だから。<br>
<br>
でも、それは意味がないどころか<br>
有害でさえある、ってことに気付きました。<br>
<br>
これは成功哲学でよく言われるような人の悪口を言うと<br>
幸せが逃げるとかマイナス思考になるとかそんなレベルの<br>
話ではなく、単純に自分と向き合えていない、ってことです。<br>
<br>
つまり、自分のことしか考えていないように見えて<br>
実は自分のことを全く考えていない、ってこと。<br>
<br>
人の悪口を言ってる分だけ自分を無視している、<br>
と言ってもいいかもしれません。<br>
<br>
だって自分のことを棚に上げないと、<br>
愚痴とか悪口は言えないですからね。<br>
<br>
「棚に上げる」　＝　「そのことを考えない」<br>
<br>
ってことは、自分のことを棚上げした時点で<br>
自分のことは考えていないということです。<br>
<br>
<br>
いやはや、おそろしや・・・。<br>
<br>
<br>
まさか自分がそんな状態に陥っていようとは<br>
思いもしませんでした。<br>
<br>
人のことをつべこべ言う前に、自分のことを<br>
キッチリこなす。<br>
<br>
この大事さが身にしみた自省でした。<br>
<br>
<br>
ではでは。<br>
<br>
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<br>
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</content:encoded>
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<item rdf:about="http://pesu.livedoor.biz/archives/65229468.html">
<title>自分探しの摩天楼（３）【ペス.ＣＯＭ】</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65229468.html</link>
<description>
どーも、ペスです。

今回こそは（笑）【自分を創る（作る）】に焦点を当てて
話を進めていってみようと思います。

じゃ、早速本題に入っていきますね。


前回までの話で想像してもらえばなんとなく
分かるかと思うんですが、自分を創るというのは
【理想の自...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2009-03-20T01:22:49+09:00</dc:date>
<dc:subject>自分探し</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
今回こそは（笑）【自分を創る（作る）】に焦点を当てて<br>
話を進めていってみようと思います。<br>
<br>
じゃ、早速本題に入っていきますね。<br>
<br>
<br>
前回までの話で想像してもらえばなんとなく<br>
分かるかと思うんですが、自分を創るというのは<br>
【理想の自分】を創り上げるということを意味します。<br>
<br>
でも、そもそも【理想】って何なんでしょ？<br>
<br>
なんで【理想】が必要なんでしょ？？<br>
<br>
よく「理想と現実は違う！」なんて言われますが、<br>
それって本当なんでしょうか？？？<br>
<br>
それさえ分からないのに、理想の自分なんて<br>
分かるんでしょうか？？？<br>
<br>
<br>
・・・分かりませんよね？<br>
<br>
そんなのは箱も図面も説明書もないのに部品だけ渡されて<br>
「このプラモデル完成させといて」って言われたのと<br>
同じようなもの。<br>
<br>
何か分からないモノを作れるはずがないのです。<br>
<br>
巷に溢れる自己啓発系の書籍には<br>
<br>
「自分の理想を想像して云々・・・」<br>
<br>
みたいなことがよく書かれていますが、<br>
僕は【理想】という言葉そのものを解説した本は<br>
今のところ見たことがありません。<br>
<br>
つまり【理想】とは何なのかを分かっている人は<br>
少ないんじゃなかろうか、と。<br>
<br>
<br>
そこで。<br>
<br>
<br>
僕なりの解釈ではありますが、この場を借りて<br>
理想というモノを噛み砕いて解説していって<br>
みようと思います。<br>
<br>
興味があれば読んでみて下さい。<br>
<br>
<br>
まず、理想とは何なのか。<br>
<br>
よく「理想的には・・・」とか「理想の彼氏（彼女）は・・・」<br>
という話をしますよね。<br>
<br>
それらを考えているとき、人は<br>
【今の自分にとって最もよい状態】を<br>
想像しています。<br>
<br>
そう。<br>
<br>
これが【理想】です。<br>
<br>
（前回書いた「全ての欲求が満たされた状態」<br>
　という意味も含む）<br>
<br>
ウィキペディアにも似たような説明があります。<br>
<br>
ただ、僕が大事だと思うのはウィキペディアには<br>
書いてない「今の自分にとって」という部分です。<br>
<br>
つまり、<br>
<br>
<br>
【理想は常に変化している】<br>
<br>
<br>
ということ。<br>
<br>
僕の記憶に間違いがなければ、小学生のときの夢と<br>
今の夢が違うように理想も自分の成長と共に変化しています。<br>
<br>
だって小学生が「アルマーニのスーツが欲しい」<br>
とは言いませんからね。<br>
<br>
欲求が変化しているということは、<br>
理想も変化しているということです。<br>
<br>
なぜなら、理想は全ての欲求が満たされた状態だから。<br>
<br>
小さい頃はウルトラマンが一番スゴイと思ってたけど、<br>
色々学ぶうちに「アリストテレスの方がスゲーじゃん」とか<br>
思っちゃうワケです（笑）<br>
<br>
もちろんウルトラマンとアリストテレスのスゴさは<br>
種類が違うので比べられないですけど（笑）<br>
<br>
ただ、そのスゴさを感じる感度も成長と共に<br>
変化していると考えればある程度納得して<br>
もらえるのではないかと思います。<br>
<br>
<br>
じゃあ、なんで理想が必要なんでしょ？？<br>
<br>
別にそんなものが無くても死にはしないし、<br>
現実と向き合って生きていけば普通に<br>
生活することは可能なのに、多くの大人は<br>
<br>
「理想を持て！」<br>
<br>
とか<br>
<br>
「理想が大事だ！」<br>
<br>
ということを分かった風に言います。<br>
<br>
分かった風に、と書いたのは僕の知る限り誰も<br>
理想を持つ理由なんて考えてないからです。<br>
<br>
世の中「とにかく理想は大事なんだ」みたいな<br>
【常識】から発せられた言葉ばっかり。<br>
<br>
そんな言葉は僕は信用しません。<br>
<br>
常識というのは大衆文化の象徴みたいなもので、<br>
【大衆は常に間違う】という名言もありますからね。<br>
<br>
<br>
それはともかく。<br>
<br>
<br>
僕も理想を持つことは必要だと思います。<br>
<br>
それは、理想は一生到達し得ない目標だからです。<br>
<br>
「到達出来ないんなら意味ないじゃん」と思ったあなた。<br>
<br>
その感覚は一般には正しいと思います。<br>
<br>
思いますが、理想というのは存在することに<br>
意義があるのであって、到達するかどうかは二の次、<br>
というのが僕の考えなんですね。<br>
<br>
理由は上に書いたように、常に変化し続けるモノだからです。<br>
<br>
つまり、到達できなくて当然、ということ。<br>
<br>
人間は経験によって形成されていくモノだと<br>
思っている、というのも理由の１つです。<br>
<br>
要は、本当に大事なのは理想に到達するための<br>
プロセスであって、そのために理想という名の目標が<br>
必要なんだと思っています。<br>
<br>
<br>
<br>
今回の話をまとめましょう。<br>
<br>
<br>
<br>
理想とは【今の自分にとって最もよいと思う状態】である。<br>
<br>
理想は人間の成長と共に常に変化している。<br>
<br>
それ故に、理想という名の目標には一生到達することは<br>
出来ない。<br>
<br>
しかし、人間にとって大事なのは理想に到達することではなく<br>
理想を追い続けるプロセスなのだ。<br>
<br>
<br>
という感じですかね。<br>
<br>
<br>
もう分かったと思いますが「理想と現実は違う」<br>
という発言は自明のことなんです。<br>
<br>
つまり、分かり切っていて言うまでもないこと。<br>
<br>
というか、理想と現実が違うからこそ<br>
理想を目指す意義があるワケですよ。<br>
<br>
なのに「そんなのはただの理想論だ」なんてことを<br>
平気で口走る常識人が山ほどいる。<br>
<br>
そんな人間にだけは流されないように<br>
気をつけて下さいませ。<br>
<br>
<br>
【自分探しの摩天楼】はまだ暫く続きます（笑）<br>
<br>
<br>
それでは。<br>
<br>
ありがとうございました。<br>
<br>
<br>
＜過去の記事＞<br>
<br>
<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65201577.html" target="_blank"><strong>自分探しの摩天楼</strong></a><br>
<br><br>
<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65228270.html" target="_blank"><strong>自分探しの摩天楼（２）</strong></a><br>
<br><br>
<br>
<br>
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<br>
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<item rdf:about="http://pesu.livedoor.biz/archives/65228270.html">
<title>自分探しの摩天楼（２）【ペス.ＣＯＭ】</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65228270.html</link>
<description>
どーも、ペスです。

今回も引き続き【自分探しの摩天楼】と題して
ペス的自分探し論を展開していきます。

前回の記事は

「自分は探すんじゃなくて、創ってくださいね」

という締めで終わってましたよね？

忘れてたら再読して下さい（笑）

というワケで...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2009-03-11T00:37:10+09:00</dc:date>
<dc:subject>自分探し</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
今回も引き続き【自分探しの摩天楼】と題して<br>
ペス的自分探し論を展開していきます。<br>
<br>
前回の記事は<br>
<br>
「自分は探すんじゃなくて、創ってくださいね」<br>
<br>
という締めで終わってましたよね？<br>
<br>
忘れてたら再読して下さい（笑）<br>
<br>
というワケで、ここからは自分を創るとは<br>
どーゆーことなのかを煮詰めていきます。<br>
<br>
「自分を創る」だけ書くとなんか大袈裟ですが、<br>
僕のは「自分を作る」の方が近いかなー。<br>
<br>
<br>
まずは前回の話に少し戻ってみます。<br>
<br>
<br>
１．「なぜ自分を探す必要があるのか」<br>
<br>
２．「なぜ自分は自分を探そうとしているのか」<br>
<br>
３．「自分が見つからなかったらどうなるのか」<br>
<br>
<br>
ちょっとこの３つの問いを考えてみて下さい。<br>
<br>
見ての通り、いずれも「探す」という前提に立ったときの<br>
問いです。<br>
<br>
１と２は動機や手段としての自分探しに<br>
問いかけたもの。<br>
<br>
一体自分探しをしようと思ったキッカケは何で<br>
何に向かって自分探しをしているのか。<br>
<br>
そーゆーことを聞いています。<br>
<br>
色々答えはあるでしょうが、大体は<br>
「今のままじゃダメだと思ったから」とか<br>
「もっと違う自分になりたいと思ったから」<br>
という感じじゃないでしょうか。<br>
<br>
「自分を変えたいから」という答えがシックリくれば<br>
僕の思惑通りです（笑）<br>
<br>
３はただの予想ですね。<br>
<br>
もし自分を探しても見つからなかったら、<br>
自分は一体どうなってしまうのか。<br>
<br>
これは予想出来ない、つまり「分からない」という<br>
答えが大半になるんじゃないかなー、と。<br>
<br>
もしくは「何も変わらない」とか（笑）<br>
<br>
別にどっちでもいいんですが、上記以外の答えが<br>
浮かんだら教えて下さいね。<br>
<br>
<br>
まとめれば<br>
<br>
自分を探したいという感情は「今の自分に満足出来ない」<br>
という欲求の裏返しで、「今のままでは幸せになれない」<br>
という心の叫びなのではないかと。<br>
<br>
<br>
「今の自分は何か違う」<br>
<br>
「今のままじゃ、ダメな気がする」<br>
<br>
絶対とは言い切れませんが、大半の人は<br>
そう思うから自分を探し始めるワケです。<br>
<br>
んでもって、ほとんどの人は根拠もなく<br>
自分は探せば見つかるもんだと思っています。<br>
<br>
何を探せばいいか分からない。<br>
<br>
どこを探せばいいかも分からない。<br>
<br>
なのにどうやって探すというのでしょうか？？<br>
<br>
俗に言う「自分探し病」というのは恐らく<br>
この状態です。<br>
<br>
今の自分は何か違うような気はするんだけど、<br>
何が違うか分からないし、取り敢えずぶらぶらと<br>
旅でもしてみるかぁ。<br>
<br>
それは自分探しではなく、ただの【気晴らし】。<br>
<br>
旅なんか出なくても自分は見つかりますから<br>
そんなテキトーなことをするのはやめましょう。<br>
<br>
<br>
じゃあ自分探し病から抜け出すにはどうしたらいいのか。<br>
<br>
それは<br>
<br>
【自分の欲求を理解・把握し、理想の自分を明確にすること】<br>
<br>
で解決すると僕は思っています。<br>
<br>
自分の欲求とは、自分が「やりたい」と思うこと全部。<br>
<br>
例えば、「お金が欲しい」「スポーツカーに乗りたい」<br>
「豪邸に住みたい」「賢くなりたい」「モテたい」<br>
「オバマと友達になりたい」などなど。<br>
<br>
それらを知ることで、自分の理想が見えてきます。<br>
<br>
なぜなら欲求を全て満たした状態が【理想】だからです。<br>
<br>
この話は長くなるので細かいことはまたどこかで<br>
書きます。<br>
<br>
とにかく。<br>
<br>
理想さえ見つかれば、あとはどうやったらその理想に<br>
近付けるのかを考えて実行するだけですから<br>
もう彷徨うことはありません。<br>
<br>
これであなたも退院です（笑）<br>
<br>
自分探し病は治ったはずですから。<br>
<br>
あとは「やるかやらないか」だけの世界。<br>
<br>
上杉鷹山も「為せば成る」って言ってますし、<br>
人生に1回ぐらいは頑張ってみましょうよ。<br>
<br>
<br>
最後に一言。<br>
<br>
<strong><font size="5">【死ぬ気でやれよ、死なないから】</font></strong><br>
<br>
<br>
ではではー。<br>
<br>
ありがとうございました！<br>
<br>
<br>
追伸<br>
<br>
【自分を創る（作る）】という話が出来ずに<br>
終わってしまったので、次回辺りにもうちょっと<br>
詳しく書いてみたいと思います。<br>
<br>
<br>
<a href="http://pesu.livedoor.biz/archives/65201577.html"><strong>自分探しの摩天楼</strong></a><br>
<br><br>
<br>
<br>
<br>
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<title>自分探しの摩天楼【ペス.ＣＯＭ】</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65201577.html</link>
<description>
どーも、ペスです。

またまた随分ご無沙汰になってしまいました（苦笑）

まぁそれがこのブログの運命というか何というか
そーゆーもんだと思って付き合って下さいませ（笑）

さてさて。

今回は【自分探しの摩天楼】と題しまして、
自分探しについてのペス的...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2009-03-09T14:36:24+09:00</dc:date>
<dc:subject>自分探し</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
またまた随分ご無沙汰になってしまいました（苦笑）<br>
<br>
まぁそれがこのブログの運命というか何というか<br>
そーゆーもんだと思って付き合って下さいませ（笑）<br>
<br>
さてさて。<br>
<br>
今回は【自分探しの摩天楼】と題しまして、<br>
自分探しについてのペス的持論を展開したいと<br>
思っております、はい。<br>
<br>
<br>
「自分探し」とかけて「摩天楼」ととく、その心は<br>
<br>
<br>
【どちらも先が見えない】<br>
<br>
<br>
うーん、上手いんだろうか？？<br>
<br>
とにかく。<br>
<br>
そーゆー意味で今回のタイトルを付けました。<br>
<br>
<br>
グーグル検索で「自分」と入力すると<br>
関連検索に「自分探し」というワードが<br>
トップに表示されます。<br>
<br>
要は、そんだけ「自分探し」というキーワードで<br>
検索している人が多いということ。<br>
<br>
逆に見れば、それだけ自分を見失っている人が多い<br>
ということも言えるかもしれません。<br>
<br>
じゃあ、そもそも自分というのは<br>
探して見つけるモノなんでしょうか？？<br>
<br>
探すというのは、ある意味「ある」ということが<br>
前提になっています。<br>
<br>
徳川埋蔵金を探すのは、埋蔵金がある（と思う）からです。<br>
<br>
アトランティスを探すのは、アトランティスがある（と思う）<br>
からです。<br>
<br>
じゃあ仮に「ない」と分かっていたらどうでしょう？<br>
<br>
「探しても見つからない自分のメガネ」<br>
<br>
というキャッチフレーズがどこかのメガネ屋の<br>
CMで流れてましたが、それと同じで<br>
自分は探しても見つからないかもしれない。<br>
<br>
いや、むしろ元からそんなモノはどこにも<br>
ないかもしれない。<br>
<br>
それでも探しますか？<br>
<br>
<br>
僕も試しに「自分探し」と検索して、<br>
いくつかページを読んでみましたが、<br>
大よそどのページも自分探しについては批判的。<br>
<br>
ほとんどの記事はある本で書かれた「自分探し病」<br>
という精神病のようなものを題材にして書かれています。<br>
<br>
自分探しという名目で就職しなかったり<br>
働かなかったりするのはオカシイ、と。<br>
<br>
自分探しをすること自体が自分を見失っている、と。<br>
<br>
それでもやっぱり探そうと思いますか？<br>
<br>
<br>
・・・僕は応援します（笑）<br>
<br>
ただし。<br>
<br>
自分は探すもんじゃない、というのが僕の見解です。<br>
<br>
だって自分は落ちてないんだもの。<br>
<br>
だって自分は隠れてないんだもの。<br>
<br>
だって自分は逃げてないんだもの。<br>
<br>
<br>
「自分探し」で検索して出てきたページで<br>
ある人が書いてました。<br>
<br>
「自分は探すんじゃなくて創るものだ」って。<br>
<br>
それが僕が言おうとしていることの大部分です。<br>
<br>
ただこの人もいい事言ってるわりには<br>
自分の経験からしかモノを言ってないなぁ、<br>
という印象があって、他の部分には<br>
賛成出来なかったんですけどね（苦笑）<br>
<br>
まぁそれはともかく。<br>
<br>
自分は探すんじゃなくて創って下さいね、<br>
ということです。<br>
<br>
<br>
あ、これはあくまでも僕の意見なので<br>
「自分は探すもんなんだ！」と強く思う場合は、<br>
頑張ってそこに活路を見出して下さいませ。<br>
<br>
別に僕の意見が絶対だなんてことは思ってませんから。<br>
<br>
<br>
キリがいいところで続きは次回。<br>
<br>
ここまで読んでくれてありがとうございました。<br>
<br>
ではでは。<br>
<br>
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<br>
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</content:encoded>
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<item rdf:about="http://pesu.livedoor.biz/archives/65192406.html">
<title>なぜ経験は大事なのか【ペス.ＣＯＭ】</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65192406.html</link>
<description>
どーも、ペスです。

前回から恐ろしく期間が空いてしまいました・・・。

ごめんなさい。

何かと、バタバタと、いろいろと、やってました（苦笑）

このブログは僕の好き勝手に書いているので
本当に楽しく書いてるんですが、いかんせんそれ故に
書きたいこと...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2009-01-15T06:11:42+09:00</dc:date>
<dc:subject>哲学</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
前回から恐ろしく期間が空いてしまいました・・・。<br>
<br>
ごめんなさい。<br>
<br>
何かと、バタバタと、いろいろと、やってました（苦笑）<br>
<br>
このブログは僕の好き勝手に書いているので<br>
本当に楽しく書いてるんですが、いかんせんそれ故に<br>
書きたいことが浮かばないと書けないんですね。<br>
<br>
そーゆー運命のブログです。<br>
<br>
だから書けるときは１週間に２記事ぐらい、<br>
書けないときは１ヶ月２ヶ月に１記事に<br>
なってしまう・・・。<br>
<br>
なんか冒頭で言い訳ばっかりするのも気が引けるんですが、<br>
そんな感じで書いているブログなので、もし分かるなら<br>
RSSの使い方を覚えて登録しておいてもらえるといいかな、と。<br>
<br>
※RSSとは、簡単に言えば記事が更新されたときに<br>
　通知が届く仕組みのこと（詳細は省略）<br>
<br>
というワケで、今年もよろしくお願いします！<br>
<br>
<br>
新年１発目は<br>
<br>
【なぜ経験は大事なのか】<br>
<br>
に決めました。<br>
<br>
興味があれば読んでみて下さいませ。<br>
<br>
<br>
まず、議論を始めるにはそもそも経験とは何なのか、<br>
というのを定義しないと話は始まりません。<br>
<br>
なので最初に<br>
<br>
「経験とは、精神的身体の成長の元である」<br>
<br>
という定義にしておきます。<br>
<br>
<br>
食物が肉体的身体の成長の元だとすれば、<br>
経験は精神的身体の成長の元。<br>
<br>
精神的身体を敢えて身近な表現に言い換えるなら<br>
<br>
【精神・感性・感覚】<br>
<br>
になります。<br>
<br>
「経験は大事だからね」と大人は口癖のように言うけど、<br>
実際なんで大事なのかと問われても多分ほとんどの人は<br>
感覚的にしか答えられません。<br>
<br>
「経験しないと分からないことがいっぱいあるし・・・」<br>
<br>
大体こんな感じの答えになると思います。<br>
<br>
なぜなら、ほとんどの人はそんなことを<br>
真剣に考えたことがないから。<br>
<br>
まぁ別にこんなことを考えなくても<br>
何も問題なく生きていけるワケだから<br>
必要ないと言えばそうなんですけどね。<br>
<br>
でも、僕は思うんです。<br>
<br>
当たり前だと思い込んでいる事柄にこそ<br>
真実があるんじゃないか、って。<br>
<br>
だからこそ、僕はこういう一見どーでもいいことを<br>
真剣に考え、共有しようとしているし、<br>
世の中の賢い人（大学の教授や偉人など）はみんな<br>
哲学を勉強しているのだと思います。<br>
<br>
<br>
閑話休題。<br>
<br>
<br>
さてさて、経験の話でしたね。<br>
<br>
脱線してごめんなさい（苦笑）<br>
<br>
話を大幅に戻しますが、精神的身体すなわち<br>
【精神・感性・感覚】を成長させるものが<br>
経験しかないからこそ、僕は経験が大事なんだと<br>
思っています。<br>
<br>
例えば。<br>
<br>
親と話したり、友達と遊んだり、泣いたり、<br>
笑ったり、苦しんだり、モノを買ったり、<br>
散歩したり、絵を描いたり・・・。<br>
<br>
それらの積み重ねがあって今の自分が形成されていることは<br>
誰しもが認めざるを得ないことだと思います。<br>
<br>
昔、部活でしんどい思いをしたから今はそのお陰で<br>
仕事がそれほど苦痛には感じない。<br>
<br>
昔から親の料理を手伝ってたから料理は凄く得意。<br>
<br>
昔から面倒臭がりで勉強サボってばっかりだったから、<br>
今の勉強がめちゃくちゃしんどい。<br>
<br>
当たり前ですね。<br>
<br>
この経験なくして今の自分は有り得ない。<br>
<br>
昔からちゃんと勉強していれば今の自分は<br>
もっと賢かっただろうし、昔から料理を<br>
していたからこそ今は料理が得意でいられる。<br>
<br>
ってことは、つまり<br>
<br>
<br>
【今までの経験こそが今の自分そのもの】<br>
<br>
<br>
なのです。<br>
<br>
<br>
僕が思うに、これはもう「成長の元」とかいう次元を<br>
超えた話です。<br>
<br>
自分は経験の塊であり、経験こそが自分。<br>
<br>
だから経験は大事なのです。<br>
<br>
技能を磨くために経験を積むのも大事でしょう。<br>
<br>
仕事を円滑に進めるために経験を積むのも大事でしょう。<br>
<br>
でもそれは、表面的なことに過ぎないんじゃないかと<br>
僕は思うワケです。<br>
<br>
<br>
聞けば全く当たり前の話で何とも思わないかも<br>
しれませんが、これをある視点から考えれば<br>
非常に重要だということが分かってもらえると<br>
思います。<br>
<br>
例えば「自分を変えたい、けど変えれない」<br>
という悩ましい悩みがありますよね。<br>
<br>
僕も昔、悩んでた頃がありました。<br>
<br>
この悩みはある程度の年齢になると<br>
誰もが抱くようなものだと思います。<br>
<br>
でも実は悩む必要なんて全くなくて、これを解決する方法は<br>
恐ろしくシンプル。<br>
<br>
<br>
【今まで自分がやらなかったことをやる】<br>
<br>
<br>
これで全て解決します。<br>
<br>
理由は簡単です。<br>
<br>
今の自分は今までの経験で成り立っているワケだから<br>
今までと違う経験をすれば今の自分とは違う自分になれる。<br>
<br>
今まで勉強してなかった人が勉強すれば<br>
今の自分よりも賢い人になれる。<br>
<br>
今までしんどいことから逃げていた人が<br>
しんどいことに挑戦すれば、一回り大きな<br>
人間になれる。<br>
<br>
小心者で誰にも声をかけなかった人が<br>
誰にでも声をかけるようになれば、<br>
友人・知人が増える。<br>
<br>
そーゆーこと。<br>
<br>
今までと同じことやってて今までと違う自分になんて<br>
なれるワケないですからね。<br>
<br>
ただ、シンプルとは書きましたが、多分簡単ではない。<br>
<br>
人間はそもそも保守的な生き物ですから。<br>
<br>
出来れば同じ職場にいたい。<br>
<br>
出来れば同じ友達とつるんでいたい。<br>
<br>
出来れば日本から出たくない。<br>
<br>
そう思ってます。<br>
<br>
その壁を打ち破らないといけないワケだから<br>
それなりに勇気がいるのは当然です。<br>
<br>
今まで入ったことのない店に入るときって<br>
ちょっと躊躇しますよね？<br>
<br>
そんな感じです。<br>
<br>
やったことないことをやるには勇気がいる。<br>
<br>
それを乗り越えてこそ、人間は変われるんです。<br>
（と思っています）<br>
<br>
なーんて、若干偉そうなことを言ってみたりして（笑）<br>
<br>
<br>
ちなみに、僕は個人的に経験を凄く大事なものとして<br>
捉えていて、普段からなるべく意識して生活するように<br>
しています。<br>
<br>
特に出来るだけ多様な経験を積むことを<br>
意識しています。<br>
<br>
同じ店に入っても、頼んだことあるメニューは<br>
頼まない、とか、今まで入ったことのない店に<br>
入ってみる、とか、通ったことない道を通ってみる、<br>
とか、今まで見なかったジャンルの映画を見る、とか。<br>
<br>
ま、気が向いたらやってみて下さい。<br>
<br>
ハマると結構楽しいですから（笑）<br>
<br>
それでは。<br>
<br>
ありがとうございました！<br>
<br>
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</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://pesu.livedoor.biz/archives/65168450.html">
<title>テレビ視聴理由調査【ペス.ＣＯＭ】</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65168450.html</link>
<description>
どーも、ペスです。

今回は異色の記事かもしれません。

質問。

あなたは何故テレビを見るのですか？

もし時間があればコメントで答えてもらえると嬉しいです。

一応以下に僕の回答を書いてみます。


まず大前提として、僕はテレビをほとんど見ません。...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2008-11-13T04:44:10+09:00</dc:date>
<dc:subject>メディア</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
今回は異色の記事かもしれません。<br>
<br>
質問。<br>
<br>
あなたは何故テレビを見るのですか？<br>
<br>
もし時間があればコメントで答えてもらえると嬉しいです。<br>
<br>
一応以下に僕の回答を書いてみます。<br>
<br>
<br>
まず大前提として、僕はテレビをほとんど見ません。<br>
<br>
これは見れないのではなく、意識的に見ていません。<br>
<br>
なので、僕の場合は「何故テレビを見ないのか」の<br>
回答を書きます。<br>
<br>
まぁ回答自体は単純明快です。<br>
<br>
テレビを見る理由がないから見ない、基本的にはそれだけ。<br>
<br>
「ほとんど見ない」と書いたのは、見る理由のある番組と<br>
不可抗力的に見ざるをえない番組だけ見ている、という意味です。<br>
<br>
不可抗力的ってのは親が晩御飯時に見てるテレビを<br>
イチイチ消すワケにはいかない、って場合の話。<br>
<br>
あと理由を付け足すとすれば、テレビを見ると自動的に<br>
頭が「考えないモード」になるから。<br>
<br>
テレビを見ながらご飯を食べるのと<br>
テレビを見ないでご飯を食べるのとでは<br>
頭の働き方が明らかに違います。<br>
<br>
これは脳科学的に証明されているとかそーゆー難しい話じゃなくて<br>
実体験として驚くほど違う。<br>
<br>
個人的な見解はありますが、確証がないので<br>
この件についてはこれ以上ややこしいことを<br>
語るのはやめます（笑）<br>
<br>
<br>
こうやって書くと<br>
<br>
「あんなに面白いテレビを見ないなんて信じられない」とか<br>
「テレビの話題はコミュニケーションの道具だから必要だろ」とか<br>
「話題についていけないなんて寂しくないの？」とか<br>
<br>
思う人もいることでしょう。<br>
<br>
時間が有り余っているので、これも一つ一つ答えてみます（笑）<br>
<br>
<br>
「あんなに面白い・・・」については、自分の面白いと思う番組は<br>
見てますから、この意見には特に何とも思いません。<br>
<br>
しいて言うなら、僕にとって面白い番組は驚くほど少ない、<br>
ってことぐらいかな。<br>
<br>
<br>
「テレビの話題は・・・」については、僕はこの理由で<br>
コミュニケーションを取れなくなったことはないので<br>
特に必要性を感じていません。<br>
<br>
逆に必要性を感じたら、何かやると思いますけど。<br>
<br>
<br>
「話題についていけないなんて・・・」については、<br>
これも特に寂しいと感じたことはないです、意外にも。<br>
<br>
最初は僕も「話題についていけないかもなー」って<br>
思ってたんですが、人の話から情報を得てれば<br>
それを使い回して話題に乗ることが出来るってことに<br>
最近気づきました（笑）<br>
<br>
みんな大体同じドラマとか番組見てるし、話す話題も<br>
結構似通ってるから、一回誰かとその話をしたら<br>
番組を見てなくても見たのと同じぐらいの情報が溜まります。<br>
<br>
もちろん初回の会話は「へー」「ふーん」だけですが（笑）<br>
<br>
ちなみに僕は仕事の関係で、ニュースも見る必要がありません。、<br>
<br>
ま、仮に情報が得られなかったとしても、敢えてニュースを<br>
見る理由がないので、見ないことには変わりないですけどね。<br>
<br>
<br>
となるとまた<br>
<br>
「ニュースは一般常識なんだから見ろよ」とか<br>
「社会人として、それはどうなの？」とか<br>
<br>
思う人がいるように感じます（笑）<br>
<br>
これはもういいや。<br>
<br>
頭回らないし（苦笑） <br>
<br>
<br>
よかったらコメントしてやって下さいませ。<br>
<br>
それでは。<br>
<br>
ありがとうございましたー。<br>
<br>
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<title>神の存在証明【ペス.ＣＯＭ】</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65145011.html</link>
<description>
どーも、ペスです。

久々の更新です。

今回はタイトル通り、神の存在証明を
僕なりに書いていってみたいと思います。


命題

【神は存在する】　or　【神は存在しない】

前提

【神とは西洋的な一神教の神のことである】


よかったら一緒に考えてみ...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2008-10-22T07:40:13+09:00</dc:date>
<dc:subject>哲学</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どーも、ペスです。<br>
<br>
久々の更新です。<br>
<br>
今回はタイトル通り、神の存在証明を<br>
僕なりに書いていってみたいと思います。<br>
<br>
<br>
命題<br>
<br>
【神は存在する】　or　【神は存在しない】<br>
<br>
前提<br>
<br>
【神とは西洋的な一神教の神のことである】<br>
<br>
<br>
よかったら一緒に考えてみて下さい（笑）<br>
<br>
<br>
えー、証明すると言ってもこのまま何の定義もないまま<br>
証明は出来ないので、まず定義を仮定します。<br>
<br>
【存在する】とは<br>
<br>
外的なモノ（物質的なモノや空間的なモノ）<br>
内的なモノ（感情的なモノや想像的なモノ）<br>
このどちらをも意味する。<br>
<br>
<br>
神が内的な存在だとした場合。<br>
<br>
デカルトの「我思う、故に我あり」という命題から<br>
考えると、自分の中に神が存在するのであれば、<br>
その神は存在する。<br>
<br>
なぜなら、「我思う、故に我あり」の命題のように<br>
自分が存在するかどうかを疑っている自分自身は<br>
否定し得ないし、自分自身が存在しなければ、<br>
神を想像したり信仰したりすることは不可能である。<br>
<br>
また「神は存在しない」と思っている場合であっても<br>
神という存在があって、初めてそれを否定し得るのだから<br>
神という存在を認識していなければ、神を否定することさえ<br>
出来ないはずである。<br>
<br>
これにより【神】という言葉を認識し得る者には<br>
内的に神は存在する。<br>
<br>
<br>
神が外的な存在だとした場合。<br>
<br>
例えば、全てのものにはそれを創った存在があり、<br>
椅子や机を作った人がいるように、天地や人を<br>
創った存在が神なのだ、という説がある。<br>
<br>
しかし、この説から考えると、神という存在を<br>
創った超神的存在がいなければ神は存在し得ない、<br>
ということになる。<br>
<br>
またその超神的存在が存在するためにはまた別の<br>
超神的存在を超える存在が必要で、また・・・<br>
という果てのない議論になる。<br>
<br>
だが一方で神は唯一絶対の存在で自らによって自らを<br>
生み出すことが出来るそれ以上が存在しない存在だ、<br>
とする説もある。<br>
<br>
ここまでくると神の定義の問題でしかなく、<br>
神が存在するしない以前の問題である。<br>
<br>
よって、外的な神は定義によって存在のあり方が<br>
変化する。<br>
<br>
<br>
ただし、どんな外的な神であっても内的に存在させることは<br>
可能である。<br>
<br>
それはつまり「私は神が天地を創造したと信じていてる」<br>
という発言（信仰）は否定し得ない、ということである。<br>
<br>
また内的に存在する神はあくまでも天地や人を創造した存在であり、<br>
それ以上の超越的存在を証明する必要がない。<br>
<br>
すなわち【神】という言葉を認識し得る者には<br>
内的に神は存在する。<br>
<br>
<br>
えー、こんな感じになりました。<br>
<br>
堅い言葉で書いたので分かり難かったらごめんなさい。<br>
<br>
何かの参考になれば幸いです（笑）<br>
<br>
ではでは。<br>
<br>
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<title>笑いの哲学【ペス.ＣＯＭ】</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65136727.html</link>
<description>
どうも、ペスです。

今回は「なぜ人は笑うのか」をテーマに
僕の持論をだらだら書いていこうと思います。

こう見えて（？）実はかなり笑いにはうるさいです、はい。

別に独自に研究しているワケではないんですが、
哲学的にも面白いテーマなんでたまーに色々考...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2008-09-24T10:21:14+09:00</dc:date>
<dc:subject>哲学</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どうも、ペスです。<br>
<br>
今回は「なぜ人は笑うのか」をテーマに<br>
僕の持論をだらだら書いていこうと思います。<br>
<br>
こう見えて（？）実はかなり笑いにはうるさいです、はい。<br>
<br>
別に独自に研究しているワケではないんですが、<br>
哲学的にも面白いテーマなんでたまーに色々考えては<br>
一人でニヤニヤしてます（笑）<br>
<br>
<br>
で、早速なんですが、まず「笑いとはなんぞや」という話。<br>
<br>
人それぞれ定義はあるんでしょうが、<br>
僕は敢えて心理学的観点から定義付けます。<br>
<br>
<br>
【笑い】とは、認知不協和である。<br>
<br>
<br>
これで分かったら、あなたは結構な勉強家だと思います。<br>
<br>
まず認知不協和っていう心理学用語があんまり<br>
一般的じゃないですからね。<br>
<br>
認知不協和をものすごく噛み砕いて言うと<br>
<br>
「人の感情が動くこと」<br>
<br>
です。<br>
<br>
つまり、笑いとは人の感情が動いた時に起こる、と。<br>
<br>
言われてみれば当たり前ですよね。<br>
<br>
そりゃ笑ってるんだから感情は動いてるだろ、って。<br>
<br>
<br>
じゃあ次は、どーゆー時に人は笑うのか。<br>
<br>
今のところ僕が見つけた要素は２つです。<br>
<br>
<br>
１つは、やってる内容や言ってる内容が分かること。<br>
<br>
当たり前ですよね。<br>
<br>
そりゃ分からないことは笑えないでしょ、普通。<br>
<br>
言葉で「意味わかんない」とか言ってても<br>
どこかで理解出来ているから人は笑えるんだと<br>
僕は思ってます。<br>
<br>
意味不明な動きを見て笑えるのは、その動きを<br>
【変な動き】と認知しているからではないかと。<br>
<br>
ホントに意味不明なら、ただの「？」なワケですよ。<br>
<br>
それを意味は説明出来ないながらも笑えるということは<br>
何かしら感じ取るものがあったってことです。<br>
<br>
つまり、言葉で説明出来ない何かが伝わった。<br>
<br>
それは僕らが一般に使う「分かった」という言葉とは<br>
やや概念が異なるかもしれませんが、感じ取ることが<br>
出来た、というのも一種の「分かった」だと僕は<br>
考えています。<br>
<br>
<br>
そしてもう１つの要素は、イメージ出来るということ。<br>
<br>
出来れば鮮明に、且つ出来れば身近に。<br>
<br>
身内ネタで笑いを取るのが簡単なのは恐らく<br>
この要素があるかだと思います。<br>
<br>
何回も当たり前のことを言いますが、<br>
笑わす対象が増えれば増えるほど<br>
イメージ可能な要素は絞られていきます。<br>
<br>
巷の漫才を思い出してみて下さい。<br>
<br>
レストラン、旅館（ホテル）、居酒屋、コンパ、<br>
友人の家、海水浴などなど、ほとんどの設定が<br>
一般的な場所ですよね？<br>
<br>
「誰でも分かる」という点を重視すると、<br>
結果こうなってしまうのです。<br>
<br>
<br>
ただ、お笑いにもコアなターゲットに絞った<br>
お笑いというものが存在します。<br>
<br>
その中でも恐らく一番人気なのが【ラーメンズ】。<br>
<br>
彼らのコント（もはや演劇）には、分かる人にしか<br>
分からない独特の世界観があります。<br>
<br>
僕は大好きですが、人によっては「面白くない」と<br>
いう人さえいる始末。<br>
<br>
彼らのやっていることは、それだけコアなんです。<br>
<br>
でもその「コアさ」故に熱烈なマニアが存在します。<br>
<br>
公演チケットは即完売、オークションでは倍以上の<br>
値段に売りに出されることも・・・。<br>
<br>
それはともかく。<br>
<br>
お笑いとはそういった要素の集まりなのです。<br>
<br>
<br>
では結局笑いをとるためにはどうすればいいのか。<br>
<br>
これはもちろん一概には言えませんが、僕の持論では<br>
<br>
<br>
相手がイメージ出来るように具体的に分かりやすく<br>
非常識なことをあたかも当然の如く表現する<br>
<br>
<br>
というのが答えです。<br>
<br>
最後の「あたかも当然の如く」というのがポイント。<br>
<br>
これは主にボケを指します。<br>
<br>
ボケ役は、その人にとってそれがあたかも普通だという<br>
雰囲気でボケないと面白くないんですね。<br>
<br>
一般に「天然」と呼ばれる人種が面白いのはこのためです。<br>
<br>
天然の人にとっては普通の行動なのに、周りは<br>
「えーっ！？」と思う。<br>
<br>
この「えーっ！？」は認知不協和なので<br>
思わず笑ってしまう、と。<br>
<br>
あくまでも普通なテンションで突拍子もないことを<br>
言うから面白いのです。<br>
<br>
一言で言えばギャップ。<br>
<br>
<br>
なんかまとまりが悪いですが、ペス的お笑い論は<br>
こんな感じでございます。<br>
<br>
哲学と心理学から見る「お笑い」。<br>
<br>
論文でも書こうかな（笑）<br>
<br>
それでは。<br>
<br>
ありがとうございました。<br>
<br>
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<title>独り歩きする「エコロジー」という言葉【ペス.ＣＯＭ】</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65136220.html</link>
<description>
どうも、ペスです。

今回も出来るだけ普段見え難いところに焦点をあて、
僕なりの考えを語っていこうと思います。

で、

やっぱり環境問題かよ、と（笑）

多分僕が興味あるからなんでしょうけど、
勝手に環境問題関連の情報が僕のところには
集まってくるん...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2008-09-17T12:15:16+09:00</dc:date>
<dc:subject>環境問題</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どうも、ペスです。<br>
<br>
今回も出来るだけ普段見え難いところに焦点をあて、<br>
僕なりの考えを語っていこうと思います。<br>
<br>
で、<br>
<br>
やっぱり環境問題かよ、と（笑）<br>
<br>
多分僕が興味あるからなんでしょうけど、<br>
勝手に環境問題関連の情報が僕のところには<br>
集まってくるんですね。<br>
<br>
そーゆーワケで今回もエコロジー関係です。<br>
<br>
<br>
先日読んだ雑誌に面白いことが書いてありました。<br>
<br>
アマゾンの森林伐採についてです。<br>
<br>
今やアマゾンの熱帯雨林の森林伐採は過度を極め<br>
かなり酷いスピードで悪化していっています。<br>
<br>
しかし<br>
<br>
一般に語られるのは、この森林伐採の原因が<br>
一般の大企業や先進国だということだけ。<br>
<br>
でも実際はどうやら違うようです。<br>
<br>
その雑誌には<br>
<br>
アマゾンに住む人々が目先の利益のために自分達で<br>
森を壊し、焼畑を行っている<br>
<br>
と書いてありました。<br>
<br>
アマゾンの人々は現地での普通の生活ではなく<br>
都会の自由でリッチな生活に憧れを持ってしまい、<br>
その欲望故に自分達の財産である森林を<br>
自分達で荒らし始めた、というのです。<br>
<br>
この原因はエコロジーブームにあります。<br>
<br>
エコロジーブームの影響でバイオ燃料の需要が上がり、<br>
大豆やトウモロコシ、サトウキビの値段が跳ね上がりました。<br>
<br>
今やこれらの原料はまさに【金の成る木】。<br>
<br>
作らない理由はありません。<br>
<br>
その結果、アマゾンの人々は目先の利益のために自分達で<br>
森林を切り開き、焼畑でサトウキビなどを生産する、という<br>
悪循環に陥ってしまっている、と。<br>
<br>
もちろん僕の目でみたワケではないので<br>
これが真実かどうかは分かりません。<br>
<br>
ただ言えるのは、人間はそーゆー生き物だということです。<br>
<br>
<br>
ここで重要なのは、多くの人がこういった事実を<br>
知らないことだと僕は思います。<br>
<br>
いや、もっと言えば「知ろうとしないこと」が問題です。<br>
<br>
今バカみたいにメディアが汚染米のことを叫んでますが、<br>
あれだって知ろうとしない消費者にもある程度責任は<br>
あると思います。<br>
<br>
中国ギョウザと同じように、恐らくこんな事件があっても<br>
安いという理由だけで無名の米を買ったりする人は<br>
後を絶たないでしょう。<br>
<br>
無論、家計の問題が絡んでいるのは分かっています。<br>
<br>
分かっていますが、体に悪いと分かっていて食べるのと<br>
それを知ろうともせずに食べるのとではワケが違う、<br>
と僕は言いたいのです。<br>
<br>
コーラが体に悪いというのは誰でも知っています。<br>
<br>
マックドナルドの商品が体に悪いというのは誰でも知っています。<br>
<br>
でも僕らはそれを知ってるから多少美味しくて安くても<br>
それらの摂取量を控えるし、ある意味有害でも仕方ないと<br>
納得して食べられるワケです。<br>
<br>
もし僕らがそれを知らなかったら・・・。<br>
<br>
話がズレ過ぎたので、その辺はご想像にお任せします。<br>
<br>
とにかく。<br>
<br>
環境問題とか地球温暖化とか言ってるくせに実感（厳密には実害）が<br>
ないから誰もエコロジーの本質を知ろうとしないのです。<br>
<br>
<br>
僕は環境問題を根本的に解決する方法は人間の私利私欲の排除に<br>
他ならないと考えます。<br>
<br>
上杉鷹山の言う<br>
<br>
【私心なき姿勢】<br>
<br>
ってやつです。<br>
<br>
それと近代化主義・思想の廃止も重要だと思います。<br>
<br>
乱暴に言えば、成長という概念の破壊です。<br>
<br>
主に国や文化の成長とは近代化、つまり<br>
<br>
「いかに人間が効率よく楽に暮らせるようになったか」<br>
<br>
を意味します。<br>
<br>
これを変えない限りは小手先だけで二酸化炭素を減らしたり<br>
新たなエネルギー資源を開発したりしたところで、数年数十年<br>
というスパンで環境問題は起こり続けるでしょう。<br>
<br>
<br>
これは薬と病気の関係に似ています。<br>
<br>
病気の症状を抑えるために薬を使っても<br>
薬には何らかの副作用があります。<br>
（特に強い薬になればなるほど）<br>
<br>
また、薬が病気を治してくれるワケではありません。<br>
<br>
病気を治すのは自分自身です。<br>
<br>
自分自身が強くならない限り、いくら良い薬を使い続けても<br>
根本的な部分（病気）は治りません。<br>
<br>
<br>
つまり環境問題だろうが病気だろうが最終的には<br>
<br>
【私達が変わらないと何も変わらない】<br>
<br>
という結論になるのです。<br>
<br>
<br>
取り敢えず、自分の身の周りのことだけでも<br>
真剣に調べてみてはいかがでしょう？<br>
<br>
いかに自分の食べているモノが危ないか。<br>
（誰が何を添加して、何日前に作られたモノなのか）<br>
<br>
自分の身につけているものは一体どういう経緯で作られ、<br>
売られているのか。<br>
（どこの国で誰がいくらの賃金で作っているのか）<br>
<br>
今使っているパソコンはどこにどうやって捨てられるのか。<br>
（何から出来ていて、どこに捨てられ、どう有害なのか）<br>
<br>
こーゆーことが分かれば、自然とエコロジーな生活をするように<br>
なっていくと思うんですけどねー。<br>
<br>
<br>
正直、今の時代【エコ】という言葉ほど<br>
危険な表現はないと思います。<br>
<br>
いや、ホントに。<br>
<br>
では。<br>
<br>
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<br>
<center><a href="http://pesu.livedoor.biz"><strong>【ペス.ＣＯＭ】</strong>トップへ</a>]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://pesu.livedoor.biz/archives/65128096.html">
<title>そこに描かれた絵は一体・・・【ペス.ＣＯＭ】</title>
<link>http://pesu.livedoor.biz/archives/65128096.html</link>
<description>
どうも、ペスです。

なんとなく哲学的な独り言を言ってみたくなり
記事を書いてみることにしました。

アクセス解析を見ると、何やら隅々まで僕のブログを
読んでくれた方がいるようで、嬉しい限りです。

遅ればせながら、ありがとうございます（笑）

こんな...</description>
<dc:creator>pesu1028</dc:creator>
<dc:date>2008-09-04T04:27:28+09:00</dc:date>
<dc:subject>哲学</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<br><br>
どうも、ペスです。<br>
<br>
なんとなく哲学的な独り言を言ってみたくなり<br>
記事を書いてみることにしました。<br>
<br>
アクセス解析を見ると、何やら隅々まで僕のブログを<br>
読んでくれた方がいるようで、嬉しい限りです。<br>
<br>
遅ればせながら、ありがとうございます（笑）<br>
<br>
こんな記事でよければ、また読んでやって下さい。<br>
<br>
さて、それでは本題へ参ります。<br>
<br>
<br>
今日、言語学の本を読んでいるときに「ふっ」と<br>
変なことを思いついてしまいました。<br>
<br>
それが、絵に描かれたモノについて。<br>
<br>
例えば、ある絵に誰が見ても【猫】だと思われるモノが<br>
描かれていたとします。<br>
<br>
仮にＡ君という人がそれを書いたとして<br>
それを見たＢ君が当然の如くこう言いました。<br>
<br>
<br>
Ｂ君　「かわいい猫だね」<br>
<br>
Ａ君　「・・・これ、虎なんだけど」<br>
<br>
<br>
はい、ここからが問題です。<br>
<br>
誰が見ても猫だろうと思われるモノをＡ君は虎だと言います。<br>
<br>
書いた本人が虎だというなら多分その絵は虎なのです。<br>
<br>
しかしここで日本ではお馴染みの民主主義的問題が<br>
発生しちゃうんですね。<br>
<br>
多くの人が猫というならその絵は猫ではないのか、と。<br>
<br>
さぁ、果たしてこの絵に描かれたモノは猫なのか虎なのか。<br>
<br>
<br>
面白くない答えを先に書くと、世間一般には<br>
この絵は虎になります。<br>
<br>
なぜなら、描いた本人にしかその意図や物体については<br>
語りえないからです。<br>
<br>
Ｂ君を含む他の人の判断は常識の概念に照らし合わせた<br>
「想像」に過ぎません。<br>
<br>
要は、猫に見えるモノは猫だろう、ということ。<br>
<br>
これじゃ猫である証明は出来ませんよね？<br>
<br>
だからその絵の創造主であるＡ君に答えは全て<br>
委ねられるワケです。<br>
<br>
<br>
これで終わっても面白くないので色々考えてみましょう。<br>
<br>
<br>
まず絵である以上、生物学的見解は望めないですよね？<br>
<br>
内臓の構造を調べたり、血液検査したり出来るなら<br>
虎ではないことを証明することは可能かもしれませんが、<br>
それが絵である以上、その生物が何者であるかは<br>
見た目でしか判断出来ないことになります。<br>
<br>
<br>
じゃあ、描かれたモノに虎にはない猫特有の特徴があれば<br>
それは猫と判断出来るのか。<br>
<br>
これは正論で攻めればその絵が猫に成り得る可能性もありますが、<br>
Ａ君の中での虎のイメージに、猫特有の特徴があった場合は<br>
また別問題です。<br>
<br>
もしかしたらＡ君は一般に猫と呼ばれているモノを虎と呼んでいるだけ<br>
かもしれませんから。<br>
<br>
<br>
ここで話が上手いこと冒頭の言語学と結びつきます（笑）<br>
<br>
ついでなんで、今度はこの問題を言語学的に<br>
考えていきましょう。<br>
<br>
<br>
日本語では猫のことをそのまま猫と言いますが、<br>
英語では猫のことをキャットと言います。<br>
<br>
これをＡ君Ｂ君の例にあてはめると、<br>
Ａ君は猫のことを虎と言いますが、<br>
Ｂ君は猫のことを猫と言います。<br>
<br>
つまり、Ａ君の言葉はある種の異国語、もしくは<br>
方言である可能性もあるのです。<br>
<br>
（これを言葉の恣意性と呼びます）<br>
<br>
相当ややこしくなってきましたね。<br>
<br>
<br>
一体この先どうすればこの問題が解決するのか。<br>
<br>
まず解決の手立てとして確認しておかないといけないのは<br>
Ａ君にとっての虎にはどういう特徴があるのか、です。<br>
<br>
この特徴と猫の特徴が合致すれば、それは上記に書いたように<br>
方言などの言語文化の違いと考えられます。<br>
<br>
しかし、もしＡ君の言う虎と一般に言う猫との<br>
特徴が合致しなかった場合はどうするのか。<br>
<br>
その場合はもう最終手段です。<br>
<br>
描かれた「猫のように見えるモノ」について<br>
Ａ君は虎と呼び、Ｂ君は猫と呼ぶ、と割り切るしか<br>
ありません。<br>
<br>
これはもう猫とか虎とかの概念は完全無視状態。<br>
<br>
ただ幸い絵というのはあくまで想像の産物なので<br>
一般の概念があてまわらなくても問題が無い、<br>
という解釈も可能です。<br>
<br>
<br>
結局、この問題の答えはＡ君に依存するということです。<br>
<br>
<br>
なんかあんまりスッキリしない答えで申し訳ないですが、<br>
そもそも哲学なんていう答えのない問題を解いてるワケですから<br>
無理矢理にでも答えが出ただけまだマシかな、と。<br>
<br>
異論反論あると思いますが、どうか僕を攻めないで下さい（笑）<br>
<br>
あくまでもこれは独り言なので。<br>
<br>
<br>
独り言に付き合って頂き、ありがとうございました（笑）<br>
<br>
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